生きていりゃこそ、タバコが吸える

病気じゃタバコも吸われまい

〜 緊急入院手術による突然の禁煙報告'2003 〜

2003年6月20日(金)〜 7月2日(水)、愛仁会高槻病院

2003年7月12日

2003年6月18日(水)

夕方福岡空港着のANAで博多に着く。fpressのF氏、F校長先生、御子息のYさんらと天神の居酒屋で旧交を温めた。翌日19日(木)は台風6号が博多に接近すると言う大変な天候の中を、天神までご足労頂き、ありがとうございました。博多の新鮮な魚を食べながら、飲み、飲みながら食べて、語り合いました。Fさんはまだ仕事があるとかで、同席されませんでしたが、中洲の交番近くの「花すいせん」で、また飲みました。この時までは、私の身辺に何の変化もありませんでした。

2003年6月19日(木)

午後には台風6号が最も博多に近付いて来る日でした。三越で買い物をし、ホテルに戻ろうとしたのですが、雨と風が強く、歩いて帰れない状況でした。仕方なく地下1階の食堂街で昼食をとり、再び1階まで戻ると、運良く風は強いものの少し小雨になっていました。これならホテルまで歩いて帰れる。急ごう、と歩き出すと、何故かお腹に痛みが走りました。ホテルに戻り、常時携帯している痛み止めの薬を飲み、様子を見ることにしました。

5年前に「腸内憩室」という病気になり、5日程入院し点滴を受け、腹痛が治まった経験からして、今度も多分そのような病気であろう、と薄々気が付いていたのですが、予定通り福岡放送にFBSエンタープライズのお二人を訪ねました。県立稲築(志耕館)高校の大先輩・H専務や宝珠山村に山林と民家を購入されたライツ事業部長のIさんにもお目にかかったことは言うまでもありません。

午後5時半過ぎに総合企画室長のTさんと、福岡放送の地下にある蕎麦屋さんで「焼酎の蕎麦湯割り」を呑み、午後7時頃から今回の目的であるFBSエンタープライズの二人と近くにある居酒屋に席を移しました。総合企画室長も同席です。痛みは治まるどころか、ますます痛くなって来ました。油汗が滲み、少し吐き気も憶えましたが、酒宴を続行し、午後9時に打ち上げました。当然の事ながら、二次会は中止です。

中洲にあるスナック「花すいせん」に辿り着き、事情をお話して(社団法人)福岡医療団千鳥橋病院(博多区千代)を紹介してもらい、腹部のレントゲン撮影、点滴をして貰い、ホテルに戻りました。その時は少しは痛みもなくなったような気がしました。健康保険証がありませんので、支払いは100%負担です。

2003年6月20日(金)、入院。禁煙1日目。

翌朝、福岡空港から伊丹に飛び、一旦本社に帰社してから早退し、午後3時過ぎ我が家の近くの(医療法人)愛仁会高槻病院(高槻市古曽部町)を訪れ、診察を受けました。腹部のレントゲン撮影、超音波検査、CTスキャン検査の結果「急性虫垂炎」の疑いが濃厚でした。午後6時頃、急に痛みが激しくなり、痛み止めの注射と点滴を受け、即入院の手続きです。この時点から、我が生涯における最大禁煙時間“成田−ニューヨーク間禁煙空の旅”を更新する禁煙タイムが始まったのである。

私自身“痛がりの怖がり”ですから、60歳にして我が身体にメスを入れることに抵抗がなかったわけではありません。出来ることなら手術は避けたかったのが本音です。

2003年6月21日(土)、手術。禁煙2日目。

午前9時頃、主治医のO先生が自ら超音波検査をされ、最後の判断が下されます。午前10時、O先生に別室に呼び出され、病名の説明を受けました。いわゆるインフォームド・コンセプトと言う、あれですね。そして主治医と元看護婦の妻に説得され、手術を受ける決心をしました。うら若き看護婦さんに陰毛を剃られ、緑色した手術着に着せ替えられ、午前11時40分、ドラマでしか観たことのない“初めての手術台”に向かいました。恐怖感が100%の瞬間です。

腰に麻酔の注射を打たれ、しばらくすると下半身の感覚がなくなり、どうやら麻酔が効いて来たようです。麻酔の注射が痛いのではないか、と恐れおののいていましたが、点滴の注射針を失敗した時よりも痛くはありません。執刀する医師や看護婦さんの話声はよく聞こえています。この間尿道に管が差し込まれ、おしめを装着されました。右脇腹を切開し、どうやら手術が始まった様です。痛みは全くありません。1時間半が経過し、取り出された4cm位の「盲腸」を見せてもらい、破れる寸前であった、との報告を受けました。

病室に戻り、絶対安静の状態です。麻酔の切れた後の痛みとは、一体どのような痛みなのか。そのことばかりが気掛かりです。タバコのことなどすっかり忘れています。痛み止めの座薬を挿入してもらい、糞尿は垂れ流しの状態です。もう眠るしか道はありません。

2003年6月22日(日)、禁煙3日目。

22日(日)午前10時、尿道に差し込まれた管とおしめが取り外され、トイレに行くことが許されます。座薬が効いているので、傷口が痛むことはありませんが、傷口を庇いながらトイレに行きます。小用は管を抜いた痛みがあり、血尿がでます。大用は水分ばかりの便(?)です。やはり“おしめ”が必要です。午後腹部のレントゲン撮影をしました。点滴のせいでしょうか、猛烈に喉が乾きます。

夕方、長男が見舞いに来た。この頃から腹痛が激しく、吐き気がします。吐くと傷口が痛みます。午後10時、主治医のO先生の判断で、左鼻から胃まで管を通し、点滴のスタンドに何やらビニールの袋が取り付けられました。腹部レントゲンの結果、「腸の動きが悪く、胃の中にある胃液が腸に送られていない。従って、胃液を吐きたくなる」と言う説明であった。確かに、鼻チュープを装着してから、吐き気もなくなり、非常に楽になりました。

2003年6月23日(月)、禁煙4日目。

23日(月)午前1時50分、弱々しいガス(おなら)が出ました。へー。ちょっと、ちょっと、洒落てる場合じゃありませんよ。盲腸手術後のガスは腸の動きを知る大事なバロメータなのです。続いて午前2時20分から30分にかけて、またもや弱々しいガスの連発です。水のような便しか出ないので、屁のこきかたにも細心の注意が必要です。神経を1ケ所に集中して、空気のみを屁り出そうとすることが、いかに難しいことか。やはり“おしめ”が必需品です。

毎日行われる朝の回診時に、主治医のO先生から「腸の動きが悪いので、少し時間がかかるかも知れないよ」と言われる。「それはかまいませんが、水が飲みたい」と訴えたが、拒否された。

午前10時過ぎ、エイデックのI常務に電話をして「急性虫垂炎の手術」を報告。続いて、UFJ総研のO氏に電話するも不在。「入院の為金曜日の会食の件についてお詫び」の伝言をお願いした。午前11時、腹部レントゲン撮影。

午後、担当看護婦のUさんに身体を拭いてもらう。U看護婦はタレントの小泉今日子さんに似た、若い美人看護婦です。この病院に勤務する看護婦さんは、みなさん若いみめ麗しい看護婦さんばかりです。

病を得て始めて解ることですが、看護婦さんの力強い支えが、患者の明日への希望を取り戻すのです。

傷口はほとんど痛まなくなったが、時々腹痛がある。まだ腸が本調子ではないのだろう。水が飲みたいのだが、主治医の先生に止められているので、うがいをくり返している。禁煙状態4日目だが、タバコを吸いたいとは思わないのが不思議だ。

2003年6月24日(火)、禁煙5日目。

朝、入院後始めて簡単に歯を磨く。歯磨き粉をつけて丁寧に磨くと、オェー、となり、傷口に響くので簡単にしておく。入院以来点滴だけなので、腹が減り、水が飲みたい。午前中は、点滴スタンドを連れて病院内を散歩。1階にある喫煙室のあたりまで行くが、タバコを吸いたいとは思わない。腹痛は依然としてあるものの、回数が少なくなっている。咳をしたり、タンを切ろうとすると、傷口が痛むが、我慢出来ない程の痛さではない。今日は座薬を使用しなかった。午後は腹部レントゲン撮影と院内散歩。

夜、点滴の具合を点検するために、担当看護婦であるUさんが病室を訪れた。ね、可愛い看護婦さんでしょう。患者の生命を預かる過酷な病棟勤務にも関わらず、この笑顔。この笑顔を絶やさない姿に患者はいつも助けられるのです。Uさん、いつもありがとう。

 

2003年6月25日(水)、禁煙6日目。

午前中に腹部レントゲン撮影。熱もなく、傷口の痛みも少しずつなくなり、腹痛の回数も少なくなった。回診時に主治医のO先生から「鼻の管を取っても良いが、水を飲むのは明日から」と言われ、「ならば、鼻の管はこのままでもいい」と答えた。腸内の活動が少しづつ活発になっていることが、腹部レントゲンからわかるらしい。

午後は院内散歩。腹痛が全くなくなった。次男に携帯メールを発信。北新地のママに電話。昼間、UFJ総研の小田氏から自宅に電話があったようだ。深夜、点滴のパイプが外れて、布団に点滴注入事件あり。とりあえず、上布団だけ交換してもらう。

点滴の状況を見るU看護婦。この笑顔が患者を勇気づけてくれます。私の娘のような年頃ですが、患者の私は信頼しています。頼りになる看護婦さんです。Uさん、よろしくね。

2003年6月26日(木)、禁煙7日目。

26日(木)、禁煙6日目。午前6時、採血。定期回診前に鼻の穴に通した管を抜いた。熱もなく、腹痛もない。午前、嫁に雑誌「Mac Fan」を買って来てもらう。相変わらず点滴スタンド連れで院内散歩。午後、UFJ総研のO氏とFBSのT室長に電話。次男に携帯メール発信。

夕方、主治医のO先生に「採血の結果は問題無し。明朝から水を飲んでもいい。昼から“おもゆ”を食べなさい」と言われた。「タバコを吸ってもいいですか?」「タバコは退院するまでダメ。あなたに関しては、この病院の敷地内で起こったことは、私が全責任を負います。退院してタバコを吸うのは、あなたの勝手ですが、入院している限りは、タバコを吸ってはいけません」と、釘をさされた。

右の写真は、病院内にある喫煙室。入院する直前にはここでタバコを吸いましたが、入院してからは一度も入ったことがありません。

夜、鼻のチューブがなくなったので、寝返りがうちやすい。ところが、腸の活動が普通に行われているせいか、ひんぱんにトイレを訪問したくなった。2時間に1回は目が覚めて、“訪ト(イレ)”をくり返す。

2003年6月27日(金)、禁煙8日目。

朝の定期回診で、主治医のO先生に「「昼から“おもゆ”オーケー。今日から点滴は朝夕の2回」と言われる。午前9時30分、U担当看護婦の手により、先週の金曜日夕方から連続して注入され続けた点滴が外された。但し、点滴のたびに痛いめに合うのはご免だから、点滴の針だけは、そのままにしてもらった。早速、水をひと口。うまいなぁ。「五木寛之/都はるみ(対談)長い旅の始まり」を買って来てもらう。

今日の昼から流動食が始まります。これが記念すべき第1回目の昼食です。

  

6月27日(金)昼食=流動食

● くず湯

● 具なしの茶碗蒸し

● ココア

● 牛乳200ml

食べることの喜びを味わいつつ、感動しながら、すべての流動食を、少しづつ口にしました。涙、涙、涙の流動食。

食後に消化剤を服用。

また、今日から「消化剤(毎食後)」と「下剤(朝夕食後)」の服用が始まります。

午後、次男の携帯メールに返信。エイデックI常務に「退院は来週半ば」と電話。午後3時、夕方の点滴始め。夕食は再び流動食ですが、おも湯、具なしのしじみ汁、青梅ゼリー、牛乳200mlでした。

2003年6月28日(土)、禁煙9日目。

術後1週間が経ちました。朝食はまだ流動食です。おも湯、具無しの味噌汁、アップルジュース200ml、のむヨーグルト.。朝の回診で主治医のO先生が傷口の近くに設けてあったドレイン(腹部の不必要な内蔵液を外部に取り出す管)を取り外して下さった。だが、抜糸はまだらしい。朝の点滴も続く。今日の昼食は「五分がゆ」となった。一歩前進。

6月28日(土)、昼食=五分がゆ

● 五分がゆ

● 鶏だんご、じゃがいも、人参、タマネギの煮物

● キャベツのたまごとじ

● 牛乳200ml

正直に言うが、鶏だんごの煮物は不味かった。これぞ病院食と言うような不味さ。だいたい何でも食べる私だが、あれはイカン。ついつい、看護婦さんにも愚痴を言う。食後に消化剤を服用。

午後、「五木寛之/都はるみ(対談)長い旅の始まり」を読み終えた。

6月28日(土)、夕食=五分がゆ

● 五分がゆ

● 玉子焼き

● 白菜の味噌汁

● 白菜の煮付け

戦中に育った私は、食べ物の有り難さを、よく解っています。だいだい何でも食べます。残すようなことはしません。

食後に消化剤と下剤を服用。

2003年6月29日(日)、禁煙10日目。

今日の朝食までが、五分がゆです。五分がゆ、白菜の味噌汁、うめねり、味付けのり、牛乳200mlが献立です。午前9時から点滴が始まりました。朝の定期回診で主治医のO先生が縫い合わせた糸を取り除いてくれました。U担当看護婦さんは「明日お風呂に入れます。この分だと、退院は火曜日ですかね」と言ってくれた。

左写真のように、点滴スタンドを連れて病院内を散歩します。ぶらさがっているビニール袋には、タオルや歯磨き道具等の洗面道具が詰め込まれています。

入院10日目ともなると、かなりの無精髭が生えました。ヒゲを剃るのも面倒だし、病人の特権を生かして、無精を決め込みました。明日風呂に入った時、そり落とす予定です。

座っているところは、2階外科病棟のロビーです。5年前に入院した時は、ここに分煙器が置いてあり、自由にタバコが吸えたのですが、さすがに今は、そんな訳にはいきません。

6月27日撮影。禁煙8日目。

無精髭が延びています。

今日の昼食から「全がゆ」に昇格しました。

6月29日(日)の昼食=全がゆ

● 全がゆ

● 白身焼き魚、じゃがいも、ブロッコリー

● さんど豆のごまあえ

● スパゲッティのサラダ

最近小食になった私は、このような献立で充分です。残さず全部食べました。

食後に消化剤を服用。

午後3時40分から最後の点滴です。これが終わると、これ以降は点滴スタンド連れの院内散歩から解放されます。

6月29日(日)の夕食=全がゆ

● 全がゆ

● うなぎのかば焼きと大根の付け合わせ

● 水菜としめじのあえもの

● 鶏肉のだんごとわかめのすまし汁

全部食べたら、ちょっと食べ過ぎではないか、と思いましたが、戦中生まれの身としては、食べ物を残すことが出来ません。

食後に消化剤と下剤を服用。

2003年6月30日(月)、禁煙11日目。

今日から点滴は一切ありません。午前8時頃、主治医のO先生突然の回診。

6月30日(月)の朝食

● パン2切れ

● いちご&マーガリン

● はっさく半切れ

● 牛乳200ml

パン2切れは多すぎるのではないか、と思いましたが、食べてしまいました。健康な状態でも、パンを2枚は食べ過ぎです。

食後に消化剤と下剤を服用。

外科ロビーに置いてあった週刊誌で、高倉健さんの書いた単行本「旅の途中で」を知り、買って来てもらいました。今日の昼食から普通食になります。

6月30日(月)の昼食=普通食

● 白米

● 鯖と千切り大根と昆布の煮付け

● 焼き豆腐、茄子、人参の煮付け

● 湯葉とじゅんさいのすまし汁

● ういろう

これは、もう全部食べると、明らかに食べ過ぎです。ういろうは嫁に食わせました。

食後に消化剤を服用。

午後1時から入浴。実に11日ぶりのお風呂です。洗い場にある鏡に写っつた初めて見る右下腹部の縦に走る虫垂炎の手術跡は、およそ4.5cm、5針の縫い跡があった。ゆっくりと湯舟につかり、しばしの安らぎです。無精髭もきれいにそり落とし、サッパリしました。午後3時頃、担当看護婦のUさんが「水曜日が退院のようです」とこっそり教えてくれました。早速エイデックに電話して「金曜日から出社します」と伝えた。千葉にいる次男には携帯メールを打つ。

6月30日(月)の夕食=普通食

● 白米

● ビーフンと野菜のいためもの

● 白菜としめじのおひたし

● 金時豆

全部食べました。病院食ですが、なかなかうまい味付けです。

食後に消化剤と下剤を服用。

午後8時半頃、主治医のO先生がベットに現れ「あさって退院にします」と告げられた。O先生と医療スタッフに感謝の言葉を述べる。

2003年7月1日(火)、禁煙12日目。

非常に不愉快なことだが、今日からタバコ1箱20円の値上げになります。今日の朝食は、ロールパン3個、はちみつ&マーガリン、スイカ1切れ、牛乳200ml でした。量が多い、と思いつつ、全部たいらげた。

朝の定期回診時に、主治医のO先生から「明日退院です。来週の水曜日に外来でM先生の診察を受けて下さい」と告げられる。

7月1日(火)の昼食=普通食

● 冷やしそうめん(海老、わかめ、玉子入り)

● 水菜のおひたし

● 豆乳プリン

● 白米少々

大食漢のために、白米が少し添えられていたが、これは残しました。

食後に消化剤を服用。

午後は院内散歩と高倉健の「旅の途中で」を読む。

7月1日(火)の夕食=普通食

● 白米

● すき焼き風煮込み

● はんぺん

● きゅうりもみ

● アメリカン・チェリー7粒

食後に消化剤と下剤を服用。

いよいよ明日は退院です。

2003年7月2日(水)、禁煙13日目。退院。

午前7時頃、歯磨き洗顔を終えて戻ろうとすると、主治医のO先生にバッタリ。「ありがとうございました」と挨拶。

7月2日(水)の朝食=普通食

● パン2切れ

● ブルーベリー&マーガリン

● みかん1個

● のむヨーグルト・ジョア 125ml

● アメリカン・チェリー7粒

食後に消化剤を服用。

朝の定期回診を受け、外科ナーススティションに行き、事務員さんに退院の手続きをお願いする。今日嫁は仕事なので、全ては私がしなければならない。全ての病院がそうであるのかどうかは解らないが、この病院では10日ごとに入院費を支払うシステムなので、6月20日から30日までの請求書と7月1日から2日までの請求書を貰い、1階の会計窓口で支払いを済ませ、支払い証明のような書類を貰って、再び2階の外科ナースステーションに届けた。

後は看護婦さんに退院後に飲む薬と来週の外来診察の書類を貰って、退院の手続きが完了する。伺ったところ、今日は主治医のO先生も担当看護婦のUさん(右写真)もいない、と言うことだった。残念だが仕方がない、よろしくお伝え下さい、とお願いして、タクシーを呼んだ。

我が家に戻って一番先に確かめたことは、我が家の三番目の息子・ミニうさぎの小太郎の安否を確認することと、小太郎の仲間が増えていないか、を確認することだ。5年前の入院中には、私の知らない間に、突如としてミニうさぎの小太郎が家族になっていることを知らされたからだ。幸いにして、小太郎は大人しく“衣装ケースのうさぎ小屋”にひとり(一匹)で住んでいた。「小太ちゃん、おりこうさんしてたか?」

次にすることは唯ひとつ。タバコを吸うこととマックを起動してメールを確認することだ。13日ぶりに吸うマイルドセブンライトの旨さ。おぉ、私は生きている。生きていりゃこそ、タバコが吸える。病気じゃタバコも吸われまい。13日間、タバコを吸うことを中断した訳だが、何かがあれば禁煙することは出来る。そんな自信はある。これを機会に「禁煙する」ことも選択肢のひとつではあったが、いずれ禁煙をする時が来るまでは、元気でタバコを吸っていたいのだ。

今回の入院では、幸いにして大事には至りませんでしたが、突然降って湧いた13日間の入院生活を余儀なくされました。禁酒禁煙のおまけ付きです。高槻病院外科チームの主治医O先生、担当看護婦であるUさんを中心にした医療スタッフのみなさんには大変お世話になりました。改めてお礼申し上げます。

最近、喫煙者を取り巻く環境は一段と厳しくなった。東京都のある地区では路上での喰わえタバコが禁止され、違反すると罰金を支払うことになる。病院、学校、市役所等の公共の場所では、敷地内でタバコを吸うことが出来ない所もある。タバコを吸い、酒を飲み、他人よりも多くの税金を払い、野蛮人と言われ、まるで犯罪者のように扱われる我々喫煙者は、どうすればいいのだ。

あなたは知っていますか? 我々が吸っているタバコ1箱の中身を・・・。今回250円の「マイルドセブンライト」は270円に値上げされたが、この270円の内訳は、

タバコ特別税  16円  

地方タバコ税  79円

消費税     13円

国タバコ税   63円

税合計 171円
なんと63%が税金です。

この結果、タバコによる税収は、2兆2,000億円となる。先頃、「りそな」とかいう金融機関に1兆9,600億円の公的資金を注入したが、それは我々喫煙者が納めた税金ではないか。

この際、タバコを製造販売している日本タバコと税金を取り立てる日本政府、地方自治体に言いたい。タバコ屋と自販機の数だけ、喫煙ルームを設置しろ!!!

 

私のおもちゃ箱 目次  

うれしいぞ、スモーカー諸君  

札幌ドーム分煙事情報告'2005

                  

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