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甦る松竹新喜劇の名舞台 〜 「我が青春の缶詰め」を訪ねて 〜 口上 |
平成19(2007)年8月6日
文責 元・読売テレビ放送 制作技術局
「松竹新喜劇」劇場中継 技術スタッフ
田口 善敏
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このページは、松竹及び松竹新喜劇、読売テレビとは何の関係もなく、私が個人的に制作しているに過ぎません。予めお断りしておきます。
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人 物 |
通常公演 |
テレビ収録時 |
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講中の人 源助 |
:八木 五文楽 モ |
小島 慶四郎 |
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講中の人 ? |
: − モ |
美山 昭次郎 |
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旅芸人の座長 万平 |
:小島 慶四郎 モ |
東 光男 |
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その女房 お千 |
:酒井 光子 モ |
石河 薫 |
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座員 五作 |
:東 光男 モ |
藤咲 三太郎 |
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喜六の女房 お松 |
:曽我廼家鶴蝶 モ |
大津 十詩子 |
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質屋の丁稚 |
:宮路 拓也 モ |
松田 寛 |
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清八の女房 お咲 |
:大津 十詩子 モ |
四条 栄美 |
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遊女 お紺 |
:四条 栄美 モ |
曽我廼家鶴蝶 |
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目明しの文吉 |
:服部 哲治 モ |
八木 五文楽 |
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うわばみの権九郎 |
:美山 昭次郎 モ |
中川 雅夫 |

大阪市では、上方芸能の保存と振興に資する目的で、明治以後に活躍した故人で、演劇・演芸・音楽・舞踊など芸能の進展に顕著な足跡を示した芸能人や功労者を顕彰しています。制定は昭和42(1967)年。松竹新喜劇関係者は次の通り(没年順)。
曽我廼家十郎(大正14年没)
長谷川 幸延 (昭和52年没)
曽我廼家蝶六(昭和12年没)
二世・渋谷天外(昭和58年没)
曽我廼家五郎(昭和23年没)
藤山 寛美 (平成2年没)
白井 松次郎(昭和26年没)
曽我廼家五郎八(平成10年没)
曽我廼家十吾(昭和49年没)
曽我廼家 明蝶(平成11年没)
浪花 千栄子(昭和49年没)
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旗揚げ100年記念 喜劇の元祖−曾我廼家五郎・十郎展 平成16年8月1日(日)〜9月26日(日)、大阪府立中之島図書館
大阪府立中之島図書館所蔵 曾我廼家喜劇番付一覧
曽我廼家喜劇「山椒の会」 http://www15.ocn.ne.jp/~sanshou/
秘蔵OA同録VHSテープ
*「笑艶 桂春団治」(昭和56年6月南座公演)、読売テレビ
第一部 放送日:昭和57年1月23日、第二部 放送日:昭和57年1月30日、第三部 放送日:昭和57年2月6日
*「大人の童話」(昭和57年1月浅草公会堂公演)、放送日:昭和57年5月29日、読売テレビ
*「吾妻双紙」(昭和57年2−3月御園座公演)、放送日:昭和57年6月26日、読売テレビ
*「峠越すまで」(昭和57年6月南座公演)、放送日:昭和57年8月21日、読売テレビ
*「あきかんの詩」(昭和57年9月御園座公演)、放送日:昭和57年11月20日、読売テレビ
*「銀のかんざし」(昭和57年10月中座公演)、放送日:昭和57年12月18日、読売テレビ
*「一姫二太郎三かぼちゃ」(昭和57年11月南座公演)、放送日:昭和58年6月5日、読売テレビ
*「影にいる男」(昭和58年4月中座公演)、放送日:昭和58年6月5日、読売テレビ
*「大阪ぎらい物語」(昭和58年8月新橋演舞場公演)、放送日:昭和58年8月28日、読売テレビ開局25年記念
「噂双紙左甚五郎」(公演年月、場所不明)、放送日:不明、NHK
「船場の子守唄」(公演年月、場所不明)、放送日:平成2年5月27日、NHK
「はなの六兵衛」(公演年月、場所不明)、放送日:平成2年5月27日、NHK
「藤山寛美特別追悼番組 さよなら寛美さん」、放送日:平成2年5月26日、読売テレビ
司会:新野新、ゲスト:小島慶四郎、正司照恵、香川登志緒、三田純一、香坂信之、*「ぼんち子守唄」、昭和55年7月明治座公演(昭和55年11月22日放送分)
「藤山寛美追悼特別番組 下積の石」(昭和59年7月新橋演舞場公演、昭和59年9月2日放送分)、放送日:不明、読売テレビ
*「藤山寛美一周忌追悼 女房のえくぼ」(平成3年5-6月新生松竹新喜劇中座公演)、放送日:平成3年6月2日、読売テレビ
「藤山寛美七回忌特別番組 泣いて笑うて親バカ子バカ」、放送日:平成8年5月3日、読売テレビ
ナレーター:南田洋子、インタビュアー:藤山直美、ゲスト:中村勘九郎、上岡龍太郎、市川猿之助、浪乃久里子、稲垣峰子、桂米朝、小島秀哉、五木ひろし、やしきたかじん、南田洋子・長門裕之挿入狂言:「紺屋と高尾」「花ざくろ」「お種と仙太郎」「はなの六兵衛」「愚兄愚弟」「鴨八ネギ次郎」「新・親バカ子バカ」「浪花の鯉の物語」「大人の童話」「下積の石」「春の夢宝の入船」「夜明けのスモッグ」「笑艶桂春団治」「笑説吉野狐」「大阪ぎらい物語」「銀のかんざし」「影にいる男」「はなのお六 道中みやげ」
「藤山寛美十八番箱」「藤山寛美新十八番箱」 松竹株式会社ビデオ事業室
*「残菊物語」(昭和56年9月朝日座公演)、放送日:昭和56年10月10日、読売テレビ
*「香華」(昭和57年3月朝日座公演)、放送日:昭和57年4月24日、読売テレビ
第50号特集「喜劇の思想と”笑い”の精神第53号特集「黄金時代の松竹新喜劇と藤山寛美」第79号特集「松竹新喜劇と上方落語」第89号特集「大阪のテレビ−ドラマとお笑いの30年」第106号特集「追悼の藤山寛美・松竹新喜劇への直言」第141号特集「喜劇は甦るか−大阪の証言」
昭和47年2月中座公演、劇団創立25周年記念と舘直志脚本作家50年を祝うて 舘直志作品集昼の部:「峯の出来事」「口上申し上げまショー」「雪の中のレモン」「鴨八ネギ次郎」夜の部:「たそがれの虹」「口上申し上げまショー」「愛情航路」「当る子年 お祭り提灯」巻末に、昭和23年12月松竹新喜劇新結成初公演(中座)以来の全狂言記録リスト「松竹新喜劇二十五年の歩み」があり、劇団員の入退座、映画撮影のため休演等の記録が貴重な資料。昭和50年7月新橋演舞場公演、松竹80周年記念 お笑い御中元傑作集二代目博多淡海、新加入昼の部:「留守がち亭主」「南地大和屋へらへら踊り」「遊侠助ッ人仁義」夜の部:「学生大出動」「ぼんちの責任」「筑前みやげ」昭和51年12月中座公演、年忘れ阿呆らし祭り服部哲治、里見たかし、美山昭次郎、新加入昼の部:「さいなら辰ちゃん」「愛情航路」「大節季でっせ」夜の部:「カラクリ賞与」「舅(しゅうと)の里」「小判掘出し譚」昭和52年10月南座公演、オールお好みリクエストオールお好みリクエスト30種爆笑編:「二階の奥さん」「恋は歌にのって」「昨夜妻になりました」「鴨八ネギ次郎」「小判掘出し譚」「名代きつねずし」「養子の自叙伝」「お茶漬けべっぴん屋」「悪友コンビ」「浮気とたぬき」人情編:「ぼんち子守唄」「一姫二太郎三かぼちゃ」「鼓(つづみ)」「銀のかんざし」「花ざくろ」「ぼんちの責任」「夜明けのスモッグ」「愛の設計図」「裏路地」「あんな親こんな子」まげもの編:「はなの六兵衛」「浪花の夢宝の入船」「浪花の鯉の物語」「お祭り提灯」「駕や捕物帳」「色気噺お伊勢帰り」「天満のでぼちん」「あーら珍らしや」「黄金餅大福帳」「ごめんやす」昭和55年11月中座公演、朝日放送創立30周年記念昼の部・夜の部:「笑艶 桂春団治 第一部、第二部、第三部」昭和56年5月中座公演、布施ニッセイ中座松竹新喜劇ご観劇会昼の部:「冷し飴」「鼓(つづみ)」「浮気と鎧」夜の部:「娘役失踪」「下積の石」「太鼓持ちょん平」昭和56年10月中座公演、連続十五年記念公演正司照江、新加入 藤間良輔、特別出演昼の部:「深き夢みし」「ご挨拶 春夏秋冬」「猪さん鹿さんお蝶さん」夜の部:「喜劇伝説 曽我廼家十吾」「ご挨拶 雪月花」「左甚五郎噂双紙」特別付録:「松竹新喜劇・藤山寛美復帰以来連続公演百八十カ月の狂言」昭和56年10月、松竹新喜劇は連続公演180カ月を達成した。この時の公演パンフレットに添付された「連続公演全狂言リスト」は、公演年月、劇場、昼夜全狂言が記録されており、当時の状況を伝える貴重な公演記録である。なお、同時に藤山さんの名前に因んで「フジの食パン」がプレゼントされた。昭和60年1-2月中座公演、昭和六十年当る丑歳初春公演 松竹創業九十周年記念参加 藤山寛美舞台生活満五十年特別賛助出演:辰巳柳太郎(1月)、島田正吾(2月)昼の部:「御禮御挨拶」「孫の産着」「幸助餅」夜の部:「御禮御挨拶」「親不知子不知」「浪花の夢宝の入船」今回、「松竹新喜劇」の劇場中継台本を整理中に、「松竹新喜劇・藤山寛美復帰以来連続公演百八十カ月の狂言」を探していて発見した。この「連続公演百八十カ月の狂言」の資料は、ずっと記憶にあり会社の袋に入れて保管していることも判ってはいたが、何故か行方不明のままであった。但し、「松竹新喜劇公演パンフレット」をこれ程所有しているとは思わなかった。記憶を辿って行く内に、思い出したことがある。当時の劇場中継プロデューサーであり、ディレクターであった制作部の加藤弘三さんが東京に異動された時、「資料として持つておけ」と渡されたのが、この「松竹新喜劇公演パンフレット」である。特に、公演された全狂言を記録したデータは、「松竹新喜劇」の歴史を知る上で貴重な資料である。昭和47年2月中座公演「劇団創立25周年記念と舘直志脚本作家50年を祝うて 舘直志作品集」パンフレッド巻末の「松竹新喜劇二十五年の歩み」全狂言記録リストと、昭和56年10月中座公演「連続十五年記念公演」の別紙付録「松竹新喜劇・藤山寛美復帰以来連続公演百八十カ月の狂言」リストとを合わせると、昭和23年12月劇団結成初公演以来昭和56年10月までの33年間の公演全狂言を知ることが出来る。加藤弘三プロデューサーの、私に対する大きな大きな「置き土産」である。
昭和10年11月大阪新歌舞伎座公演「くちなしの花 一場」「一番坂 三場」「妻の戦術 一場」「故郷の土 一場」「仮名手本忠臣蔵 大序より七段目まで」昭和16年9月新橋演舞場公演「空(そら) 三景」「故郷の土 一場」「南公泣男 一場」「心の渦巻 一場」
平成19年4月17日(火)〜5月27日(日)、(財)阪急学園 池田文庫「生誕130年 曽我廼家五郎の喜劇展」図録「曽我廼家五郎全集 第1巻・第2巻・第3巻・第5巻・第6巻・第7巻」、アルス、昭和5年7月、非売品第一巻の巻頭には次のように書かれている。「序 読んでも何の有益(ため)にもならぬ。またあへて害にもならぬ。ただ読者がフフンと笑ってくれたらそれでいい。曽我廼家五郎」第一巻掲載演目 「匙加減」「日影の花」「バケツの水」「かげぐち」「恋を忘れた女」「宝の柏手」「責任観念」「良心」第二巻掲載演目 「五兵衛と六兵衛」「瓢の酒」「功名愚談」「上と下」「涙」「へちまの花」「天下の侠客」「走馬灯」第三巻掲載演目 「九公と熊公」「犠牲の船」「香椎の馬方」「牛」「鼻から提灯」「雪の夜の街」「投羽織」「手折れぬ花」「春の猿曵」第五巻掲載演目 「赤縄(えにし)」「利益の水」「難関突破」「ダイヤモンド」「明け行く空」「茅(ちが)の浦浪」「エプロン」「天使? 悪魔?」第六巻掲載演目 「一つの林檎」「凩の夜」「水」「結の神」「俄雨」「春雨の女」「槍踊」「ぬれ衣」「吾妻草紙」第七巻掲載演目 「土曜日の夕」「墨色判断」「情の雪解(ゆきげ)」「四海波(しかいなみ)」「背負投」「桐の木」「夏帽」「開通式」「金魚鉢」昭和50(1975)年の夏、私が住んでいた寝屋川のアパートが、火災のため消失した。そのために、それまで大事に保存していた「松竹新喜劇 劇場中継」の台本がすべて無くなってしまった。失意の頃、読売テレビ制作局「松竹新喜劇」の劇場中継ディレクター・池田智さんから「この全集を所有するにふさわしい人はあなたです」と、いただいた書籍が、ここに紹介する「曽我廼家五郎全集」である。この好意は、一生忘れることはない。「曽我廼家五郎全集」は私の宝物である。また後日、チーフ・テクニカル・ディレクターの徳久多久美さんが使用した「松竹新喜劇の中継用台本」をいただいた。これもまた、私の宝物である。その後「第七巻」は劇場中継の時、道頓堀の「天牛書店」で発見した。私の手許には6巻しかないが、この全集は全部で12巻からなる全集であり、第四巻には「曇か晴か、他7篇」、第八巻「蔭日向、他数遍」、第九巻「愛の霊泉、他数遍」、第十巻「色花緒、他数遍」、第十一巻「一番坂、他数遍」、第十二巻「雪の朝、他数遍」が掲載されている。