[PR]何かを探す前に無料占い:当たる!無料占い『スピリチュアルの館』

 

甦る松竹新喜劇の名舞台

「藤山寛美十八番(おはこ)箱」

〜 「我が青春の缶詰め」を訪ねて 〜

口上

 

 

平成19(2007)年8月6日

文責 元・読売テレビ放送 制作技術局

「松竹新喜劇」劇場中継 技術スタッフ

田口 善敏

 

お断り

このページは、松竹及び松竹新喜劇、読売テレビとは何の関係もなく、私が個人的に制作しているに過ぎません。予めお断りしておきます。

著作権法等に抵触する箇所があれば、御指摘下さい。即時削除致します。 よろしくお願い申し上げます。

 

昭和46年2月から昭和63年6月まで、17年間にわたって「松竹新喜劇」の劇場(舞台)中継収録にカメラマン、スイッチャーとして関わってきたことになる。この間、「曽我廼家喜劇」を源流とする「松竹新喜劇」の数々の名舞台を、藤山寛美さんと同時代に生き、その演技を直接鑑賞出来たことは、何ものにも替え難い喜びであった。劇場中継収録で訪れた大阪道頓堀中座、京都南座、名古屋御園座、東京新橋演舞場・明治座・サンシャイン劇場・浅草公会堂の各芝居小屋は、私の芝居に対する技量を磨く道場であり、そこに展開される狂言に込められたドラマは、我が人生修練の教科書でもあった。

前回の「藤山寛美十八番箱 全6箱」が発売されたのは、平成17(2005)年12月から平成18年5月まで。そして今回、平成19年6月から発売を開始した第2弾「藤山寛美“新”十八番箱 全6箱」(最終発売は、平成19年11月)と合わせると、全部で72作品となる。読売テレビのライブラリーに保存されている未DVD化作品が、まだどれほどあるのかは知らないが、第3弾、第4弾と続いて欲しいものである。そうなれば、驚くべき数の作品が我々の前に姿を現すことになる。

前回「藤山寛美十八番箱 全6箱」の発売を知らされた時、そのいくつかの作品の収録に立ち会った技術制作スタッフとして、これは買い求めて我が家の家宝として永久保存しておくべきだ、と考えた。何故ならば、数々の名舞台を再現してくれるDVD映像は、私の「青春の缶詰め」とも言うべき宝物であり、将来藤山寛美さんの舞台を知らない幼き孫に、「これが“爺ぃじの仕事”だったんだよ」と教えてあげることが出来るようになるのである。

当初は、収納された作品を紹介して、私との関わりを書き綴るつもりであったが、それにしては勿体無いほど数多くの劇中台本を保存している。多少労力を要するが、この機会に、手許に保管している全ての劇場中継台本を整理すると共に、年代別に一覧表にしてフェブ上に公開することを考えた。と言うのは、今年の始め頃、曽我廼家五郎さんの芝居を研究している方から、「曽我廼家五郎全集を見せて欲しい」とメールをいただいたことがあった。その後、その方の住んでおられる近くの図書館に「曽我廼家五郎全集」があることが判明し、私がお見せすることはなかったが、これは「曽我廼家五郎全集」の演目(狂言)を参考資料として公開していたからに他ならない。公演年月、公演劇場、演目を公開さえしておけば、いつ何時、松竹新喜劇のことを調べている他人様のお役に立つことがあるか判らない。17年間お世話になった「松竹新喜劇」の皆さんに少しでも恩返しが出来れば・・・、また、すでに定年退職したかっての制作スタッフの「昔話のタネ」にしてもらえれば、これに勝る喜びはない。

「藤山寛美十八番箱」DVDを鑑賞していると、昔を思い出しながら思わず目頭が熱くなって、幾度となく涙が頬を伝い・・・、そして、左指に当時のままのスイッチを押す感覚が・・・、左手に握ったカメラのパン棒と右手のズーマー棒の感覚が、当時のまま鮮明に甦ってくる。職業病?(笑)、うーん、そうかも知れない。

使用した収録用台本には、本番時の注意事項が書き込んである。カメラ操作であれば、任されたショットをフェルトペンで太書きし、短時間で別の人物を撮る場合は赤色のペンで矢印を付けておく(右の画像参照)、人物の出入り、立ち位置、音楽、重要な台詞にもマークを付ける等、またスイッチ操作であれば、さらにスイッチングのきっかけ等、いろいろな書き込みをしている。カメラリハーサルという「試し撮り」がない劇場中継では、文字通り“ぶっつけ本番”に備えての準備が大切である。

俄の流れを色濃く残した「松竹新喜劇」の役者さんの特徴は、一日として同じ芝居をしたことがない。台詞は前後するし、アドリブだらけの芝居であり、スイッチャー、カメラマン泣かせの喜劇芝居集団である。

後年「松竹新喜劇」以外の芝居を収録するようになってから、特に感じたことであるが、相手の台詞が終わらないうちに喋り出す「松竹新喜劇」独特の台詞回しは、それが演出でない限り他の劇団ではありえない。喜劇という「誰しも持っている人間の本質を鋭く突く」お笑いの芝居を進行させながら、役者さん同志の言葉の連係プレーが保たれている劇団の特徴でもあろう。特に歌舞伎系の役者さんとの台詞回しのタイミングとは、大きな差がある。歌舞伎系の役者さんは、台詞を言い終わってから、ちょっとした見得を切るために、言葉尻りでスイッチングすれば、それはタイミングが早すぎる。ある種の「間」を置いてからスイッチングすることは、「松竹新喜劇」馴れしたスイッチャーには、難しいタイミングなのである。それが芝居における「間」というものであろう。

スタッフ下見時にアドリブが高じていささか脱線気味になると、「下見で(ディレクターの)山田ハン、困っているやろ」と、平気で言う。我々下見スタッフには「ドッと受ける」が、お客さんも一緒になって笑っているから面白い。「影にいる男」の大詰め、藤山寛美さん演じる「狂言方 浅田」と長谷川稔さん演じる「番頭 高橋」が花道にかかる芝居、新派調の新内流し風音楽となり、新派もどきの歩き方で笑わす場面では、長谷川さんに向かって、「この立ち位置が一番心配や」と、公演中に「ダメ出し」もする。今回「藤山寛美新十八番箱-弐」に収納された舞台では、新派もどきの芝居で笑わす俄芝居らしい場面は、かなり端折った演出になっている。

また、芝居そのものが放送枠時間よりも短い時は、アドリブで「延ばし」て貰うしかない。「1年前になぁ」とか言いながら、役者さんに時間を繋いで貰う。台本にない台詞を喋り出す訳だから、アドリブに入ったことは、ディレクターもスイッチャーもカメラマンも判る。そうなると、スイッチャーとカメラマンは、台本を離れて今やり取りされている芝居を追っかけることに集中する。それでもまだ足りなければ、「2年前にこんなことがあった」と繋ぎ、どんどん芝居が延びて行く。しかも、観客を笑わせながら、帳尻を合わせてくれる。さすがに俄の流れを組む「松竹新喜劇」団員の本領発揮と言うことだ。

さらには、公演中の「配役」もテレビ中継向けに変更することなど朝飯前。通常1ケ月間の公演であるから、テレビ中継収録ではない日に観劇したお客さんは、後日のテレビ放送を観て、「この役者さん、こんな役柄ではなかった」と思われるであろう。しかし、劇場で芝居を観て、テレビでまた、別の役者さんが演ずる芝居を観たのであれば、それは幸せなお方と言えるだろう。短期間に一粒で二度、その美味しさを味わったのだから・・・。一例を示そう。昭和52年2月中座公演夜の部3本目狂言、香川登志緒・作/演出の「色気噺お伊勢帰り」であるが、通常公演とテレビ収録時の役者さんは次のように変更されている。

  人 物

  通常公演

 テレビ収録時

講中の人 源助

:八木 五文楽 モ

 小島 慶四郎

講中の人 ?

:   −   モ

 美山 昭次郎

旅芸人の座長 万平

:小島 慶四郎 モ

 東 光男

その女房 お千

:酒井 光子  モ

 石河 薫

座員 五作

:東 光男   モ

 藤咲 三太郎

喜六の女房 お松

:曽我廼家鶴蝶 モ

 大津 十詩子

質屋の丁稚

:宮路 拓也  モ

 松田 寛

清八の女房 お咲

:大津 十詩子 モ

 四条 栄美

遊女 お紺

:四条 栄美  モ

 曽我廼家鶴蝶

目明しの文吉

:服部 哲治  モ

 八木 五文楽

うわばみの権九郎

:美山 昭次郎 モ

 中川 雅夫

でなければ、「リクエスト芝居」などという演劇界前代未聞の企画など、その発想にすらないだろう。「山よりデカイ猪(しし)はない」と言うが、「山よりもデカイ猪を出す」のが、藤山寛美さん率いる「松竹新喜劇」なのである。

収録時には、その月に公演された芝居の全演目を、収録用台本表紙の裏に記録していた。そんな訳で、捨てるに忍びず全て保存していたが、昭和50年8月、住んでいたアパート火災のため失ってしまった。それでもなお手許には、それ以降のたくさんの「松竹新喜劇劇場中継用台本」を保存している。今となっては当時の舞台を知る貴重な資料である(右写真は我が家の階段上に設置した自作の専用本箱)。

しかしながら、「松竹新喜劇」の座付き作者として数々の名舞台を生み出した舘直志(二代目渋谷天外)さんは、著書「わが喜劇」のあとがきに「喜劇脚本は読んで面白いものではない」と言う。その通りだ。「劇場中継用台本」は、文字を読むことによって舞台の筋や進行具合を、公演された当時の記憶に従って呼び起こすことは出来るが、役者さんがどのような芝居をし、どのような声で喋ったのか、それはもう、実写された映像にはかなわない。天才喜劇役者・藤山寛美さんの名舞台を余すことなく伝えてくれる「藤山寛美十八番箱」DVDは、我々のように収録に立ち会った者だけではなく、その舞台を知る観客やテレビ視聴者の皆さんにとっても貴重な映像と言えるだろう。

その昔、すなわちテレビ放送の創成期には、映像と音声を記録するものは「キネコ」と呼ばれていたフィルムによる低画質な保存法しかなかった。その後VTR装置が開発され、高画質な保存が可能となったが、当時のVTR編集作業は、鉄粉を含んだ溶液をテープに流し、ヘッドの跡をなぞりながらカミソリでカットした後、特殊な銀紙製テーブで張り付けるという、言ってみれば、フィルムと同じような編集であった。その頃の2インチVTRテープは高価であり、すべての収録番組を保存するにはお金がかかり過ぎた。従って、今となっては貴重な映像であっても、その当時テレビ各社は、収録したVTRテープを消去して次の番組収録に備えたのだ。「松竹新喜劇」の劇場中継を記録したVTRテープとて例外ではなかった。今回発売される「藤山寛美“新”十八番箱」の中で最も古い作品は、昭和43年6月南座公演を収録した「鴨八ネギ次郎」(2007年11月発売予定)であり、モノクロ作品というから、これは貴重な公演記録である。

一度放送した自社制作番組を再放送したり、系列放送各社や海外の放送局に番組販売(番販)することはあっても、「テレビ放送番組の二次利用」といった放送以外での販売を積極的に検討するようになったのは、およそ10年ぐらい前からの動きであり、衛星(BS、CS)による有料放送やインターネットの動画配信といった放送界を取り巻く環境の変化と、デジタル技術の進化による記録メディアの開発とも無縁ではない。地上波無料放送が毎日送り出す番組に飽きた視聴者が、ネット上で販売されている終戦直後に封切られた映画のDVDを求めることと同じである。

前回と今回発売された「藤山寛美十八番箱」に添付された「解説書」は、松竹新喜劇の座付き作者で演出家、かつ曽我廼家喜劇「山椒の会」主宰者である米田亘さんが、読売テレビのライブラリーに保存されたテープを1本1本丁寧にプレビューし、芝居にまつわる懇切丁重な解説をされている。ここに記録されている公演年月、劇場、演目と、私が手許に保存している劇場中継用台本を照合し、私がどの作品の収録に関わったのかを確認し、合わせて当時のスタッフを調べ、また、収録当時に私が感じた思い出や芝居にまつわる話、等を語ることが、このページの主なテーマである。

なお、この「藤山寛美十八番箱」に収納されている作品は、私自身がすべて中継に関わった作品ではない。しかし、いずれの作品も他の機会に収録した作品であり、下見や打ち合わせに関係しない時に、単なる観客として観た作品でもあり、社内プレビューで観たものも多い。通常カメラを担当すれば、1日昼夜を含め2本の演目を操作することは当たり前であるが、スイッチャー業務であれば、特別な理由がない限り、1日2本の演目を担当することはない。私が担当していない芝居を他のスタッフが下見している時は、格好の個人的芝居鑑賞タイムである。また担当外演目の打ち合わせが行われている時、観たい芝居があれば打ち合わせに付き合うことなく、その合間も鑑賞タイムとなる。業務上とはいえタダで芝居が観れる、こんな幸せなことが何年にもわたって続いたのだからたまらない。但し、昭和50年8月以前の収録用台本は、デスク廻りで保管していた台本を除きすべて焼失しているので不明であり、その点もお断りしておきたい。

天才喜劇役者であった藤山寛美さんが亡くなって既に17年が過ぎた。「光陰矢のごとし」とは正にこのことである。当時劇場中継スタッフとして苦楽を共にした方々もほとんどが定年退職し、不幸にして、すでに鬼籍に入られた方もおられる。永遠に劣化することのない「藤山寛美十八番箱」DVDに、藤山寛美さんの名舞台が納められ、いつでも好きな時間に「我が青春の缶詰め」を開けて、その芝居が楽しめることを素直に喜んでいる。

 

「松竹新喜劇」関連リンク集

上方芸能人顕彰  http://www.geinin.jp/prize/category/kamigatageinoubunka.html

大阪市では、上方芸能の保存と振興に資する目的で、明治以後に活躍した故人で、演劇・演芸・音楽・舞踊など芸能の進展に顕著な足跡を示した芸能人や功労者を顕彰しています。制定は昭和42(1967)年。松竹新喜劇関係者は次の通り(没年順)。
   

曽我廼家十郎(大正14年没)   

長谷川 幸延 (昭和52年没)

曽我廼家蝶六(昭和12年没)

二世・渋谷天外(昭和58年没)

曽我廼家五郎(昭和23年没)

藤山 寛美  (平成2年没)

白井 松次郎(昭和26年没)

曽我廼家五郎八(平成10年没)

曽我廼家十吾(昭和49年没)

曽我廼家 明蝶(平成11年没)

浪花 千栄子(昭和49年没)

-
 

旗揚げ100年記念 喜劇の元祖−曾我廼家五郎・十郎展  平成16年8月1日(日)〜9月26日(日)、大阪府立中之島図書館

http://www.library.pref.osaka.jp/nakato/shotenji/61_soga.html

大阪府立中之島図書館所蔵 曾我廼家喜劇番付一覧

http://www.library.pref.osaka.jp/nakato/shotenji/61_list.html

曽我廼家喜劇「山椒の会」  http://www15.ocn.ne.jp/~sanshou/

秘蔵OA同録VHSテープ

*「笑艶 桂春団治」(昭和56年6月南座公演)、読売テレビ

第一部 放送日:昭和57年1月23日、第二部 放送日:昭和57年1月30日、第三部 放送日:昭和57年2月6日

*「大人の童話」(昭和57年1月浅草公会堂公演)、放送日:昭和57年5月29日、読売テレビ

*「吾妻双紙」(昭和57年2−3月御園座公演)、放送日:昭和57年6月26日、読売テレビ

*「峠越すまで」(昭和57年6月南座公演)、放送日:昭和57年8月21日、読売テレビ

*「あきかんの詩」(昭和57年9月御園座公演)、放送日:昭和57年11月20日、読売テレビ

*「銀のかんざし」(昭和57年10月中座公演)、放送日:昭和57年12月18日、読売テレビ

*「一姫二太郎三かぼちゃ」(昭和57年11月南座公演)、放送日:昭和58年6月5日、読売テレビ

*「影にいる男」(昭和58年4月中座公演)、放送日:昭和58年6月5日、読売テレビ

*「大阪ぎらい物語」(昭和58年8月新橋演舞場公演)、放送日:昭和58年8月28日、読売テレビ開局25年記念

「噂双紙左甚五郎」(公演年月、場所不明)、放送日:不明、NHK

「船場の子守唄」(公演年月、場所不明)、放送日:平成2年5月27日、NHK

「はなの六兵衛」(公演年月、場所不明)、放送日:平成2年5月27日、NHK

「藤山寛美特別追悼番組 さよなら寛美さん」、放送日:平成2年5月26日、読売テレビ

司会:新野新、ゲスト:小島慶四郎、正司照恵、香川登志緒、三田純一、香坂信之、
*「ぼんち子守唄」、昭和55年7月明治座公演(昭和55年11月22日放送分)

「藤山寛美追悼特別番組 下積の石」(昭和59年7月新橋演舞場公演、昭和59年9月2日放送分)、放送日:不明、読売テレビ

*「藤山寛美一周忌追悼 女房のえくぼ」(平成3年5-6月新生松竹新喜劇中座公演)、放送日:平成3年6月2日、読売テレビ

「藤山寛美七回忌特別番組 泣いて笑うて親バカ子バカ」、放送日:平成8年5月3日、読売テレビ

ナレーター:南田洋子、インタビュアー:藤山直美、ゲスト:中村勘九郎、上岡龍太郎、市川猿之助、浪乃久里子、稲垣峰子、桂米朝、小島秀哉、五木ひろし、やしきたかじん、南田洋子・長門裕之

挿入狂言:「紺屋と高尾」「花ざくろ」「お種と仙太郎」「はなの六兵衛」「愚兄愚弟」「鴨八ネギ次郎」「新・親バカ子バカ」「浪花の鯉の物語」「大人の童話」「下積の石」「春の夢宝の入船」「夜明けのスモッグ」「笑艶桂春団治」「笑説吉野狐」「大阪ぎらい物語」「銀のかんざし」「影にいる男」「はなのお六 道中みやげ」


「藤山寛美十八番箱」「藤山寛美新十八番箱」  松竹株式会社ビデオ事業室


*「残菊物語」(昭和56年9月朝日座公演)、放送日:昭和56年10月10日、読売テレビ

*「香華」(昭和57年3月朝日座公演)、放送日:昭和57年4月24日、読売テレビ

参考文献

「日本のチャップリン 小説・曽我廼家五郎」、沼口勝之・著、新人物往来社、2007年10月、2,000円(税別)

「喜劇百年記念誌 喜劇百年 〜 曽我廼家劇から松竹新喜劇 〜」、松竹(株)関西演劇部・米田亘、他、平成16年2月、非売品

「松竹新喜劇上演記録CD」、松竹(株)関西演劇部・鍛冶明彦・作成、平成16年2月、非売品

「さらば松竹新喜劇 天外・寛美と過ごした日々」、藤井薫著、情報センター出版局、1993年4月、1,800円

「渋谷天外伝」、大槻茂著、主婦の友社、平成4年6月、税込み2,500円

「植木等と藤山寛美 喜劇人とその時代」、小林信彦著、新潮社、1992年3月、1,200円

「アホやけど愛しいおひと」、稲垣峰子著、主婦と生活社、平成2年12月、1,300円

「寛美 いつまでも大阪の 藤山寛美と松竹新喜劇」、木畑紀子著、上方芸能出版センター、1990年12月、1,500円

「一九八八年 藤山寛美カレンダー」、企画:(株)藤美

「おおさか芸能史」、香川登志緒著、大阪書籍、1986年2月、950円

「放送演芸史」、井上宏編、世界思想社、1985年4月、5,000円

「人の世は情けの貸し借り 水上勉・藤山寛美対談集」、水上勉・藤山寛美著、小学館、昭和59年7月、980円

「浅草喜劇事始 小説・曽我廼家五九郎まわり舞台」、丸川賀世子著、講談社、昭和54年2月、950円

「藤山寛美 凡談愚言」、藤山寛美著、読売新聞社、1978年9月、800円

「大阪の笑芸人」、香川登志緒著、晶文社、1977年10月、1,500円

「にっぽん民衆演劇史」、向井爽也著、日本放送出版協会、昭和52年7月、1,800円

「楽屋の独裁者」、藤井薫著、恒文社、1976年3月、680円

「あほかいな 藤山寛美半生談義」、藤山寛美著、毎日新聞社、昭和51年2月、680円

「舞台生活四十五年記念 藤山寛美 阿呆役者の全て」、エース編、アルファ出版、昭和50年8月

「道頓堀 川/橋/芝居」、三田純一著、白川書院、1975年2月、2,500円

「浪花阿呆譚 五六八・一、二、三」、藤本義一著、徳間書店、昭和49年12月、890円

「大阪繁昌記」、宮本又次著、新和出版、昭和48年6月、2,500円

「わが喜劇」、渋谷天外著、三一書房、1972年8月、1,500円

「日本の喜劇人」、中原弓彦著、晶文社、1972年5月、1,200円

「笑い泣き人生」、長谷川幸延著、東京文藝社、昭和45年9月、680円

「水のように」、浪花千栄子著、六芸書房、昭和40年8月、580円(天牛書店350円)

「劇評・随想 大阪の芝居」、山口廣一著、輝文館、昭和17年12月、3円50銭(天牛書店800円)

「上方芸能」、上方芸能編集部、1,500円

第50号特集「喜劇の思想と”笑い”の精神

第53号特集「黄金時代の松竹新喜劇と藤山寛美」

第79号特集「松竹新喜劇と上方落語」

第89号特集「大阪のテレビ−ドラマとお笑いの30年」

第106号特集「追悼の藤山寛美・松竹新喜劇への直言」

第141号特集「喜劇は甦るか−大阪の証言」

「松竹新喜劇 劇場中継収録用台本」、読売テレビ制作局、非売品

松竹新喜劇公演パンフレット

昭和47年2月中座公演、劇団創立25周年記念と舘直志脚本作家50年を祝うて 舘直志作品集
昼の部:「峯の出来事」「口上申し上げまショー」「雪の中のレモン」「鴨八ネギ次郎」

夜の部:「たそがれの虹」「口上申し上げまショー」「愛情航路」「当る子年 お祭り提灯」

巻末に、昭和23年12月松竹新喜劇新結成初公演(中座)以来の全狂言記録リスト「松竹新喜劇二十五年の歩み」があり、劇団員の入退座、映画撮影のため休演等の記録が貴重な資料。

昭和50年7月新橋演舞場公演、松竹80周年記念 お笑い御中元傑作集

二代目博多淡海、新加入

昼の部:「留守がち亭主」「南地大和屋へらへら踊り」「遊侠助ッ人仁義」

夜の部:「学生大出動」「ぼんちの責任」「筑前みやげ」

昭和51年12月中座公演、年忘れ阿呆らし祭り

服部哲治、里見たかし、美山昭次郎、新加入

昼の部:「さいなら辰ちゃん」「愛情航路」「大節季でっせ」

夜の部:「カラクリ賞与」「舅(しゅうと)の里」「小判掘出し譚」

昭和52年10月南座公演、オールお好みリクエスト

オールお好みリクエスト30種

爆笑編:「二階の奥さん」「恋は歌にのって」「昨夜妻になりました」「鴨八ネギ次郎」「小判掘出し譚」「名代きつねずし」「養子の自叙伝」「お茶漬けべっぴん屋」「悪友コンビ」「浮気とたぬき」

人情編:「ぼんち子守唄」「一姫二太郎三かぼちゃ」「鼓(つづみ)」「銀のかんざし」「花ざくろ」「ぼんちの責任」「夜明けのスモッグ」「愛の設計図」「裏路地」「あんな親こんな子」

まげもの編:「はなの六兵衛」「浪花の夢宝の入船」「浪花の鯉の物語」「お祭り提灯」「駕や捕物帳」「色気噺お伊勢帰り」「天満のでぼちん」「あーら珍らしや」「黄金餅大福帳」「ごめんやす」

昭和55年11月中座公演、朝日放送創立30周年記念

昼の部・夜の部:「笑艶 桂春団治 第一部、第二部、第三部」

昭和56年5月中座公演、布施ニッセイ中座松竹新喜劇ご観劇会

昼の部:「冷し飴」「鼓(つづみ)」「浮気と鎧」

夜の部:「娘役失踪」「下積の石」「太鼓持ちょん平」

昭和56年10月中座公演、連続十五年記念公演

正司照江、新加入  藤間良輔、特別出演

昼の部:「深き夢みし」「ご挨拶 春夏秋冬」「猪さん鹿さんお蝶さん」

夜の部:「喜劇伝説 曽我廼家十吾」「ご挨拶 雪月花」「左甚五郎噂双紙」

特別付録:「松竹新喜劇・藤山寛美復帰以来連続公演百八十カ月の狂言」

昭和56年10月、松竹新喜劇は連続公演180カ月を達成した。この時の公演パンフレットに添付された「連続公演全狂言リスト」は、公演年月、劇場、昼夜全狂言が記録されており、当時の状況を伝える貴重な公演記録である。なお、同時に藤山さんの名前に因んで「フジの食パン」がプレゼントされた。

昭和60年1-2月中座公演、昭和六十年当る丑歳初春公演 松竹創業九十周年記念参加 藤山寛美舞台生活満五十年

特別賛助出演:辰巳柳太郎(1月)、島田正吾(2月)

昼の部:「御禮御挨拶」「孫の産着」「幸助餅」

夜の部:「御禮御挨拶」「親不知子不知」「浪花の夢宝の入船」

今回、「松竹新喜劇」の劇場中継台本を整理中に、「松竹新喜劇・藤山寛美復帰以来連続公演百八十カ月の狂言」を探していて発見した。この「連続公演百八十カ月の狂言」の資料は、ずっと記憶にあり会社の袋に入れて保管していることも判ってはいたが、何故か行方不明のままであった。但し、「松竹新喜劇公演パンフレット」をこれ程所有しているとは思わなかった。記憶を辿って行く内に、思い出したことがある。当時の劇場中継プロデューサーであり、ディレクターであった制作部の加藤弘三さんが東京に異動された時、「資料として持つておけ」と渡されたのが、この「松竹新喜劇公演パンフレット」である。

特に、公演された全狂言を記録したデータは、「松竹新喜劇」の歴史を知る上で貴重な資料である。昭和47年2月中座公演「劇団創立25周年記念と舘直志脚本作家50年を祝うて 舘直志作品集」パンフレッド巻末の「松竹新喜劇二十五年の歩み」全狂言記録リストと、昭和56年10月中座公演「連続十五年記念公演」の別紙付録「松竹新喜劇・藤山寛美復帰以来連続公演百八十カ月の狂言」リストとを合わせると、昭和23年12月劇団結成初公演以来昭和56年10月までの33年間の公演全狂言を知ることが出来る。

加藤弘三プロデューサーの、私に対する大きな大きな「置き土産」である。

曽我廼家五郎劇公演パンフレット

昭和10年11月大阪新歌舞伎座公演
「くちなしの花 一場」「一番坂 三場」「妻の戦術 一場」「故郷の土 一場」「仮名手本忠臣蔵 大序より七段目まで」

昭和16年9月新橋演舞場公演

「空(そら) 三景」「故郷の土 一場」「南公泣男 一場」「心の渦巻 一場」

「生誕130年 曽我廼家五郎の喜劇展」ポスター

平成19年4月17日(火)〜5月27日(日)、(財)阪急学園 池田文庫

「生誕130年 曽我廼家五郎の喜劇展」図録

「曽我廼家五郎全集 第1巻・第2巻・第3巻・第5巻・第6巻・第7巻」、アルス、昭和5年7月、非売品

第一巻の巻頭には次のように書かれている。「序 読んでも何の有益(ため)にもならぬ。またあへて害にもならぬ。ただ読者がフフンと笑ってくれたらそれでいい。曽我廼家五郎」
第一巻掲載演目 「匙加減」「日影の花」「バケツの水」「かげぐち」「恋を忘れた女」「宝の柏手」「責任観念」「良心」

第二巻掲載演目 「五兵衛と六兵衛」「瓢の酒」「功名愚談」「上と下」「涙」「へちまの花」「天下の侠客」「走馬灯」

第三巻掲載演目 「九公と熊公」「犠牲の船」「香椎の馬方」「牛」「鼻から提灯」「雪の夜の街」「投羽織」「手折れぬ花」「春の猿曵」

第五巻掲載演目 「赤縄(えにし)」「利益の水」「難関突破」「ダイヤモンド」「明け行く空」「茅(ちが)の浦浪」「エプロン」「天使? 悪魔?」

第六巻掲載演目 「一つの林檎」「凩の夜」「水」「結の神」「俄雨」「春雨の女」「槍踊」「ぬれ衣」「吾妻草紙」

第七巻掲載演目 「土曜日の夕」「墨色判断」「情の雪解(ゆきげ)」「四海波(しかいなみ)」「背負投」「桐の木」「夏帽」「開通式」「金魚鉢」

昭和50(1975)年の夏、私が住んでいた寝屋川のアパートが、火災のため消失した。そのために、それまで大事に保存していた「松竹新喜劇 劇場中継」の台本がすべて無くなってしまった。失意の頃、読売テレビ制作局「松竹新喜劇」の劇場中継ディレクター・池田智さんから「この全集を所有するにふさわしい人はあなたです」と、いただいた書籍が、ここに紹介する「曽我廼家五郎全集」である。この好意は、一生忘れることはない。「曽我廼家五郎全集」は私の宝物である。また後日、チーフ・テクニカル・ディレクターの徳久多久美さんが使用した「松竹新喜劇の中継用台本」をいただいた。これもまた、私の宝物である。その後「第七巻」は劇場中継の時、道頓堀の「天牛書店」で発見した。

私の手許には6巻しかないが、この全集は全部で12巻からなる全集であり、第四巻には「曇か晴か、他7篇」、第八巻「蔭日向、他数遍」、第九巻「愛の霊泉、他数遍」、第十巻「色花緒、他数遍」、第十一巻「一番坂、他数遍」、第十二巻「雪の朝、他数遍」が掲載されている。

私のおもちゃ箱 目次  

曽我廼家喜劇「山椒の会」第六回公演記録

お待ちしています

私が収録に関わった「松竹新喜劇」の全狂言


[PR]横浜で超魅力価格の記念写真を:記念写真が大人気、結婚写真、成人式写真