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私が関わった「藤山寛美十八番箱」収録作品の

登場人物、制作スタッフと“なんやかんや”

〜 我が「青春の缶詰め」を訪ねて 〜

 

文責 元・読売テレビ放送 制作技術局

「松竹新喜劇」劇場中継 技術スタッフ

田口 善敏

「筑前みやげ」(昭和50年7月新橋演舞場公演)

「女のえくぼ」(昭和51年6月南座公演)

「下積の石」(昭和51年6月南座公演)

「昨夜妻になりました」(昭和51年11月御園座公演)

「愛情航路」(昭和51年12月中座公演)

「解散趣意書」(昭和52年2月中座公演)

「浪花の夢 宝の入船」(昭和52年8月新橋演舞場)

「愛の小荷物」(昭和53年1月中座公演)

満員御礼

【筑前みやげ】  平戸敬二・作、

昭和50年7月新橋演舞場公演、「藤山寛美新十八番箱-伍」収納、第2カメラ担当

 

【同作品の我が「青春の缶詰め」】

昭和59年11月御園座公演、スイッチャー担当

 

第一場 安宿「わらじ屋」の内部

第二場 大阪城近くの道

第三場 大阪城内の奥庭

【人物】

家主 幸兵エ     :花和 幸助

御寮さん お宮    :勝浦 千浪

勘八の女房 お萩   :酒井 光子

その娘 お袖     :花井 万津恵

同妹 お糸      :四条 栄美

その友人 美代子   :相沢 伸江

幸兵エ女房 お辰   :滝見 すが子

番頭 喜助      :八木 五文楽

わらじ屋 勘八    :藤山 寛美

土井 大炊守     :小島 慶四郎

人形師 丹平     :博多 淡海

用人 佐伯頼母    :長谷川 稔

小間物屋 兵吉    :喜多 康樹

御加番役 西尾隠岐  :守田 秀郎

鎹屋のおかみ     :石河 薫

家臣 石渡      :三井 康弘

志賀屋職人 由松   :小島 秀哉

同  黒岩      :金乃 成樹

おでん屋 源助    :岩田 正

奥方 お蘭の方    :曽我廼家 鶴蝶

町の男 仙太     :白羽 大介

中籠 花岩      :御陵 多栄子

【緞帳が降りて】

このコーナー「緞帳が降りて」では、収録時当時のことを思い出しながら“なんやかんや”書き綴っていくことにする。芝居に関係するものもあれば、全く関係のない話題も出て来るかも知れないが、そんなことがあったんかい、と笑ってもらえればそれでいい。

松竹新喜劇劇場中継用台本には、制作スタッフと技術スタッフが記録されている。今回古い台本を調べているうちに、当初は技術スタッフ名も書かれておらず、昭和48年6月南座公演収録時から劇場中継用台本に技術スタッフ名を記載したことが判明した。テレビ創成期には生放送で舞台中継をやっていたこともあるようだが、その頃の技術屋は、マスターと呼ばれる送出部門(主調整室)と制作部門(スタジオは副調整室と呼ばれ、中継は中継車)との明確な職種もなく、スイッチャーぐらいは前もって判っていたであろうが、カメラマンは下見当日前までに決める程度のやりくりであったのかも知れない。

今回紹介する「筑前みやげ」は、松竹新喜劇東京公演の劇場中継収録に、私自身がおそらく初めて加わった時の作品であり、「藤山寛美十八番箱」に収納されている作品では、私が松竹新喜劇に関わった最も古い頃の作品である。当時東京での公演収録は、技術スタッフはテクニカル・ディレクター兼スイッチヤーとカメラマン、ミキサー各1名が出張し、他の技術スタッフと中継車は、技術専門のプロダクション「日本電子工学院」(現・コスモスペース)に委託していた。劇場中継台本に技術スタッフを記録する習慣のない時代の名残りであったため、ミキサーが誰であったのかも判らない。ちなみに当時は、社員技術スタッフ全員が出張制作するのは名古屋までであり、後年編成部で制作費の予算精算管理を担当したことのある私ではあるが、制作費節減を考えるならば、劇場中継プロデューサーのやむを得ない判断であっただろう。但し、後年このような形でテレビ放送番組をDVD販売することを考えたならば、その判断は正しかったかどうか・・・? 

この新橋演舞場公演の2ケ月前、つまり50年5月中座公演から二代目博多淡海さんが新加入し、「愚兄愚弟」の金魚屋の高橋役を演じている(「藤山寛美十八番箱-弐」に収納)。千葉蝶(三郎)さんのトボケた演技にも負けない関西初お目見えの御祝儀独り芝居「一本足での黒田節踊り」を御披露し、魚惣の店員役・長谷川稔さんが手を叩いて応援し、客席からは「淡海、頑張れ」と声援を送られている。淡海さんの博多訛りがふんだんに飛び出すこの時の芝居も、克明に覚えてはいるが、悲しいかな、その劇場中継台本は焼失している。

そんな博多淡海東京初見参芝居は、昭和50年6月南座公演で御披露した平戸敬二さん書き下ろしの「筑前みやげ」。得体の知れない汚らしいおっさんを連れて帰ったら、これが有名な博多人形師であった、という、この手の筋立ては講談、浪曲、落語、映画「寅さん」にもあるが、新加入・二代目博多淡海さんの魅力一杯、マゲモノ喜劇である。座付き作者の平戸敬二さんが永年温めていた作品ではなく、淡海さんの新加入に合わせて急遽書き下ろした芝居であろうが、それにしても、このような芝居をいとも簡単に、ひょいひょいと創り出す喜劇作家の腕前には驚かされる。

この時は、大学の先輩であるスイッチャーの伊藤敏彦さんとカメラマンとして私、ミキサーは果たして誰だったのか? 下見が終わってからディレクターの加藤弘三さんに誘われて、小島秀哉さんに御馳走になった。加藤さんはまったく酒が飲めないが、伊藤さんと私はよく飲む方だから、秀哉さんの相手として誘われたのであろう。秀哉さんと何を喋ったのか、すっかり忘れていたが、この劇場中継収録記録を調べているうちに、当時の台本に書かれたいくつかの貴重なメモが見つかった。

約1年後の収録台本「船場の子守唄」(昭和51年9月中座公演)に、今公演から幹部に昇進した月城小夜子さんのことをメモ書きしてているが、1年前の話として秀哉さんの言葉が出て来るので紹介しておこう。『(月城さんは)将来が楽しみな役者である、と言うことを、1年前秀哉サンに話をしたら「あぁ、将来がねぇ」と、あの川村(「船場の子守唄」の駆け落ちした孫夫婦が間借している階下の男役)と同じ喋りで軽くイナされたことがあった。退座した長谷川澄子サンを誉めることでは一致した秀哉サンと私であったが』と記述している。この頃から娘役でも三枚目でも汚れ役でも何でもこなす月城さんは好きだったから、多分秀哉さんにも喋ったのであろう。今回調べてみると、長谷川澄子さんの松竹新喜劇入座は昭和43年10・11月中座公演から、退座は昭和44年4月中座公演後。

役者・小島秀哉さんや月城小夜子さんのこと、技術専門のプロダクション「日本電子工学院」(現コスモスペース)のスタッフ、建て替える前の新橋演舞場、等のお話しは、まだまだ書く機会があると思うので、今日はこのへんで、チョーンと一丁析。(2007年7月20日、記)

 

満員御礼

【女のえくぼ】  茂林寺文福・館直志・合作、

昭和51年6月南座公演、「藤山寛美十八番箱」未収納、第3カメラ担当
  「藤山寛美新十八番箱-四」収納作品「えくぼ」は、昭和56年1月サンシャイン劇場公演
 

丸福運送 福村清三の店

【人物】

市場の人 沢田    :岩田 正

清三の姉 花子    :酒井 光子

林商店店員 寺田   :八木 五文楽

その夫 林 勇一郎  :藤山 寛美

清三の女房 お秋   :曽我廼家 鶴蝶

荷役業 福村 清三  :小島 秀哉

たこやき屋 お駒   :石河 薫

船員 山田      :喜多 康樹

浜の荷役 市三    :三井 康弘

お駒の亭主 熊三   :守田 秀郎

 同 仲造      :中川 雅夫

知人 安田      :伴 心平

 同 又次      :長谷川 稔

赤松 栄太郎     :小島 慶四郎

 同 三太      :沢田 光生

荷役 甲       :山本 雅一

 同 長一      :槙 宏樹

 同 乙       :宮路 拓也

 同 徳吉      :藤咲 三太郎

 同 丙       :原田 介次

 同 吉次      :中尾 徳

【劇場中継スタッフ】

チーフ・プロデューサー   :山田 直也

第1カメラ :岸田 功

ディレクター        :北野 桂子

第2カメラ :安東 武史

アシスタント・ディレクター :鍛冶 國義

第3カメラ :田口 善敏

フロァ・ディレクター    :山田 直也

音声    :和田 貢

アナウンサー     :伊豆 百合子

音声    : ?

照明         :高田 悦夫

調整    :田中 茂高

メイク        :金森 美恵子

調整    :宮内 良一

技術(TD)     :蜂谷 斌雄

技術協力  :榊原テレビ機配

スイッチャー     :加藤 信夫

【緞帳が降りて】

私が第3カメラを操作した「女のえくぼ」は、昭和51年6月南座公演の作品。セクハラ等という女性蔑視を禁ずる法律など無かった時代の狂言だが、「痘痕(あばた)もえくぼ」の諺通り、夫が昔の女に未練を持ち、妻の器量をを馬鹿にした態度を取り続けますが、ふとしたことをきっかけに、妻の心の優しさを知るという狂言です。茂林寺文福と館直志の作家としての気持ち「女は愛敬でっせ」が充分に伝わって来ます。

私自身、曽我廼家鶴蝶さんという役者さんが大好きでしたが、彼女の「花ざくろ」における「植木職人 三次郎の女房」加代役に代表されるように、憎たらしい嫁を演じる役者さんは「松竹新喜劇」の役者さんにも、そうそういないのではないか、と思う。反対に、「あみだ池の鳩」のように、親子程年の離れた男(千葉蝶三郎)に永年尽くす女(曽我廼家鶴蝶)を演じても、存在感はありました。

子役の頃から役者を始めた鶴蝶さんだが、昭和52年8月新橋演舞場の「浪花の夢 宝の入船」「舅(しゅうと)の里」を最後に、あの芸達者な小島秀哉さんと共に「松竹新喜劇」を離れてしまう。何があったのかは、私の知るところではないが、残念なふたりの退団であった。

鶴蝶さん演ずる器量の悪い嫁は、女の色気を発揮するように知恵をつけられるが、もともと女らしいことをする気がない。「付け焼き刃は剥げ易い」例え通り、見事失敗します。しょせん、自分は女独自の魅力を発揮出来る女ではないことを認識させられ、悲しみの内に笑いながらも自分自身の生き方を続けるしかないという心の内を、名優・曽我廼家鶴蝶さんが演じます。しかし、ある出来事の真相を知ってから、夫は器量の悪い妻の嘘偽りのない優しい本心を知らされることになります。

この「女のえくぼ」は、器量の悪い嫁の悲哀を明るく演じ切る芸達者な鶴蝶さんあっての狂言であり、「花ざくろ」と並ぶ曽我廼家鶴蝶さんの「代表作」とも言える作品である。「銀のかんざし」の酒井光子さんの年下の男に惚れた「おかつ」同様、それ以外の役者では、お客さんが満足しない役どころではないだろうか。別の意味では、「はなの六兵衛」の有馬四十二万石の殿様役・小島慶四郎さんも同様だろう。

こんな難しい女心の心理描写を、あの四条栄美さんが挑戦した狂言「えくぼ」が、「藤山寛美新十八番箱-四」に収納されている作品です。後学のために、ふたつの狂言の主な役どころと制作スタッフを記録しておきましょう。

【人物】

昭和51年6月南座公演「女のえくぼ」

昭和56年1月サンシャイン劇場公演「えくぼ」

市場の人 沢田    :岩田 正

市場の人 沢田    :金乃 成樹

林商店店員 寺田   :八木 五文楽

林商店店員 寺田   :喜多 康樹

清三の女房 お秋   :曽我廼家 鶴蝶

福三の妻 秋子    :四条 栄美

たこやき屋 お駒   :石河 薫

たこ焼き屋 島子   :月城 小夜子

清三の姉 花子    :酒井 光子

勇一郎の妻 羽奈子  :大津 十詩子

その夫 林 勇一郎  :藤山 寛美

林 勇一郎      :藤山 寛美

荷役業 福村 清三  :小島 秀哉

谷村 福三      :小島 慶四郎

船員 山田      :喜多 康樹

船員 山田      :山崎 怪童

お駒の亭主 熊三   :守田 秀郎

島子の亭主 熊三   :曽我廼家 文童

知人 安田      :伴 心平

知人 安田      :長谷川 稔

赤松 栄太郎     :小島 慶四郎

赤松 栄太郎     :中川 雅夫

私の担当       :第3カメラ

私の担当       :  −

新旧「女のえくぼ(えくぼ)」劇場中継スタッフは、次の通り。

担当業務

昭和51年版スタッフ

昭和56年版スタッフ

チーフ・プロデューサー

:山田 直也

:山田 直也

ディレクター

:北野 桂子

:香西 謙二(ビデオワーク)

アシスタント・ディレクター

:鍛冶 國義

:山田 直也

フロァ・ディレクター

:山田 直也

:鍛冶 國義

メイク

:金森 恵美子

:金森 恵美子

アナウンサー

:伊豆 百合子

:小松 昿代(契約アナ)

照明

:高田 悦夫

:楠山 恵司

チーフ・テクニカル・ディレクター

:蜂谷 斌雄

:伊藤 敏彦

スイッチャー

:加藤 信夫

:岸田 功

第1カメラ

:岸田 功

:野村 武史

第2カメラ

:安東 武史

:西井 信夫

第3カメラ

:田口 善敏

:橋本 喜隆

音声

:和田 貢

:丸尾 俊文

音声

: ?

:日本電子工学院スタッフ?

調整

:田中 茂高

:黒田 昌男

VTR

:熊倉 正彦、橋本 博光

   -

技術協力

:榊原テレビ機配

:日本電子工学院

鶴蝶さんの役柄を四条さんが継承した場合、特に「えくぼ」のような「顔で笑って、心で泣いて」という女の心理的な演技を伴う役柄は、痛々しい。働き者のぶさいくな女をメイクや扮装で創りあげることは出来ても、「福三の妻 秋子」には到底成りえず、そこには役者「四条栄美」がいるだけである。四条さんの役どころではないのではないか。

例えば、落語「三軒長屋」のパロディ狂言(狂言名を失念)【注】、花道から銭湯帰りの体でぬか袋の端をくわえて登場し、七三で振り向いた「囲い者」役・四条栄美の色っぽさ。思わず「四条!」と声を掛けたくなる程の艶姿だ。「お種と仙太郎」の「イビラれる嫁」役、「愛の小荷物」の「他人の赤子にお乳を含ませる女」役、「大人の童話」の「我が子の出自を夫に隠す妻」役等、四条さんには四条さんの当たり役があった訳だが・・・。役者の「ニン」とは、なかなか難しいものだ。

【注】落語「三軒長屋」のパロディ狂言は、昭和57年6月南座公演の「坪の駆引き」と判明しました。

と、同時に昨日、思わず「四条!」と声を掛けたくなる程の艶姿な元女優の四条栄美さんにお会いして参りました。「松竹新喜劇」入座当時のお話しから、藤山さんと絡んだ稽古なしのぶっつけ本番、故・山田直也プロデューサーにお世話になったことまで、赤裸々(笑)に語っていただきました。想像していた以上に、よう喋りはります。「藤山寛美十八番箱」の御注文もなされました。松竹ビデオ事業室、並びに読売テレビコンテンツ開発事業局に成り代わり、篤く御礼申し上げます。

松竹新喜劇文芸部の米田さん、ありがとうございました。(2007年9月7日、追記)

 

この興行、つまり、昭和56年1月サンシャイン劇場公演では、私はもう一方の狂言「春の夢 宝の入船」スイッチャーのため、お役ご免。充分に四条さんの演技を観察した後、ホテルの中にある中華料理店で行われた恒例の「打ち上げ」に参加した。制作スタッフ全員が収録後に参加する「お疲れさん会」ですね。

確か、劇作家の三田純一さん、ビデオワークの松本専務も参加されていましたが、我々技術スタッフが話題にしたのは、「えくぼ」の曽我廼家鶴蝶さんと四条栄美さんの芝居についてでした。どうしても収録後の話題は、そんな話になってしまうのです。永年「松竹新喜劇」の舞台を観続けているスタッフは、的を得た批評家でもあります。

宴たけなわの頃、プロデューサーのヤマチャンがトイレから戻るなり言いました。「おい、隣の部屋に藤山さんがいる。あんまり、きつい批評はするな」。我々は思いました。そんなアホなこと、あるかいな、また、ヤマチャンが俺達を脅かそうとしている、と・・・。再びヤマチャンが姿を消し、戻って来て言いました。「もう、その辺にしとけ。ここのお金、藤山さんが持ってくれることになったわ」。藤山寛美さんという役者は、そういう気配りをいつもなさる方でした。何度御馳走に預かったか、判りません。

さて帰り際、恐る恐る隣の部屋を覗きました。すると、ヤマチャンの言う通り、藤山寛美さんが・・・。両隣りは、あの四条栄美さんと月城小夜子さんです。ホンマやったんや。びっくりしました。大きな宴会場をアコーデオンカーテンで仕切った部屋でしたから、我々の話はすべて隣の藤山、四条、月城さん達に筒抜けになっていたのです。丁寧に御礼の御挨拶をして、早々に立ち去りました。四条さん、キツイ批評をして、ご免ね。でも、間違ったことは言うてへんよ。

昭和から平成へと時は流れ、平成2年5月21日午後10時44分、天才喜劇役者・藤山寛美さんは突然逝った。享年60歳。若すぎる死である。

藤山さんの死から1年後の平成3年5-6月、「藤山寛美一周忌追善 新生松竹新喜劇」中座公演の出し物は「女房のえくぼ」。「福三の妻 秋子」役を寛美さんの遺児・藤山直美さん、「丸福の主人 谷村福三」役を二代目渋谷天外の遺児・渋谷天笑さん、藤山寛美さんが演じた「林勇一郎」役を高田次郎さんが務めた。頬かぶりをした直美さんを見て「そやけど、よう似てるなぁ」と高田次郎さん、これには思わず笑います。鶴蝶さん以降この役が最もピッタリな役者は、やはり藤山直美さん以外いないでしょう。数々の「松竹新喜劇」の名作を放送して来た読売テレビは、この追善興行狂言を収録し放送したが、私の姿はそこには、ない。(2007年8月15日、記)

 

満員御礼

【下積の石】  松島誠二郎・原作、茂林寺文福・脚色、

昭和51年6月南座公演、「藤山寛美十八番箱」未収納、第3カメラ担当

 

【同作品の我が「青春の缶詰め」】

昭和52年11月御園座公演、第3カメラ担当

  「藤山寛美十八番箱-壱」収納作品は、昭和56年7月明治座公演

 

第一場 工夫合宿所付近

第二場 底無し池の畔

第三場 元のプレハブ建の前

【人物】

工夫 岩吉      :小島 慶四郎

工夫 六八      :安蘇 昌之

 同 健次      :守田 秀郎

 同 甲吉      :宮路 拓也

 同 捨松      :八木 五文楽

 同 乙松      :原田 介次

 同 熊吉      :長谷川 稔

 同 平三      :墨谷 宗一

 同 新八      :三井 康弘

 同 市松      :島田 一郎

 同 槌之介     :喜多 康樹

 同 公吉      :元生 茂樹

 同 五郎      :岩田 正

工夫頭の娘 絹子   :四条 栄美

 同 吾一      :沢田 光生

工夫頭 東蔵     :伴 心平

 同 喜一郎     :槙 宏樹

その妻 お恒     :酒井 光子

 同 国松      :藤咲 三太郎

工夫 萬吉      :藤山 寛美

 同 金三      :中尾 徳

 同 仙太郎     :小島 秀哉

 同 八吉      :山本 雅一

会社員 三浦     :中川 雅夫

 同 銀次      :立住 光正

 同 和枝      :滝 由女路

【劇場中継スタッフ】

チーフ・プロデューサー  :矢部 章

第1カメラ :岸田 功

ディレクター       :山田 直也

第2カメラ :安東 武史

アシスタント・ディレクター:北野 桂子

第3カメラ :田口 善敏

フロァ・ディレクター  :鍛冶 國義

音声    :加藤 信夫

アナウンサー      :伊豆 百合子

音声    :和田 貢

照明          :高田 悦夫

調整    :田中 茂高

メイク         :金森 美恵子

調整    :宮内 良一

テクニカル・ディレクター:蜂谷 斌雄

VTR   :熊倉 正彦

スイッチャー      :黒田 昌男

【緞帳が降りて】

“のっけ”から芝居に関係ない、おめでたいお話しをします。私の記憶に間違いがなければ、今から31年前の昭和51年5月30日は劇場中継スタッフである和田貢(通称、和田小)さんの結婚披露宴が千里で行われた日です。劇場中継用台本を見ると判りますが、この「下積の石」収録は、同年6月15日となっていますが、下見は5月30日午後4時と記録されています。普通下見は、収録の前々日と前日に行われ、下見後2週間も間をあけて本番を撮ることはありません。芝居を観て、その記憶が新しい時に収録するのが当たり前です。

台本の裏に書き込んでいた6月南座公演の演目を見ると、昼夜共に次のようになっています。

一、アパート母の里

二、藤山寛美劇壇復帰十周年御挨拶

三、大人の童話

四、浪花仕立狸囃子

この6月公演で我々は「女のえくぼ」「下積の石」の2作品を収録しているのですが、公の公演記録には記載されていません。テレビ放送番組収録のための特別な公演であったことが判ります。

では、どうして和田小さんの結婚披露宴が5月30日の「下積の石」下見日であった、と断定出来るのか。この日の披露宴は、和田小さんの先輩である月亭可朝さんがゲストで現れ、大いに盛上がり、我々も昼間からビールをしこたま飲みました。このあと、十三から阪急京都線特急で河原町まで行き、南座入りする訳ですが、途中から尿意を催し、その間大変苦しかった記憶があったからこそ、どうしても忘れられない思い出として残っています。

さて、ここからが本題です。「下積の石」は藤山さんの「萬吉」、秀哉さんの「仙太郎」が文字通り舞台上で火花を散らす、「松竹新喜劇」の名作です。「愚兄愚弟」「人生双六」「上州土産百両首」「幸助餅」「夜明けのスモッグ」「ぼんち子守唄」「大阪ぎらい物語」等、藤山さんに秀哉さんが絡む狂言は、今も未だ心に残っています。名作と呼ばれる舞台は、劇作家の創作から生まれるものですが、役者が舞台上で創ったものでもあります。

「萬吉」の善意の行動が世間には伝えられず、大金も出さなかった「仙太郎」がデカデカと新聞に載り、工夫仲間に誉め称えられる。こんな理不尽なことには腹も起つでしょう。「あれはすべて萬吉がしたことや、と言うて来い」と言われた仙太郎の苦渋に満ちた表情。ここが、他の役者さんでは、とても乗り越えられない芝居をする秀哉さんの演技力でしょうね。「シャクに触っとるんじゃ」と叫ぶ「萬吉」の台詞にはいつも笑わせられます。

「仙太郎」は「萬吉」が惚れている工夫頭の娘に、すべてを打ち明けます。この時の「萬公、聞いてるか」も、「松竹新喜劇」らしい台詞回しで笑えます。我が身がおかれた状況を察した「萬吉」は、この場を去る決心をします。哀愁を帯びた「山中節」が一層の悲しみを誘います。失意の内に花道を去って行く「萬吉」の心に、安らぎの時は来るのでしょうか。

いつもの「松竹新喜劇」のハッピーな終わり方でなかったことに、御不満の向きもおありかとは思います。しかし、この狂言の作者は、どうして「下積の石」というタイトルを付けたのでしょうか。「仙太郎」が「上に積まれた石」ならば、「萬吉」が「下積みの石」なのです。そして、この舞台の凄いところは、藤山寛美さんの「萬吉」が花道を歩き鳥屋口に消え去っても、まだお芝居はあなたの心の中で続いているのです。狂言「下積の石」の結末は「あなた自身がお好きなように御考え下さい」と、その後日談を期待しているのです。

ならば、この狂言を御覧になった方が、各人各様のストーリーを考えて下さい。この舞台に登場した「萬吉」の人間性を判断し、「萬吉」は「下積みの石」のまま一生を終わるのか、将来は「上に積まれた石」になれるのか、この狂言の本当の大詰めは、あなた自身の心の中にあるのです。「喜劇を好きな人に悪人はいない」と言います。

この作品を収録した1年後の昭和52年8月、新橋演舞場の舞台を最後に、芸達者な小島秀哉さんと曽我廼家鶴蝶さんは「松竹新喜劇」を退団します。秀哉さんの代役は中川雅夫さんが、鶴蝶さんの代わりには四条栄美さん、大津十詩子さんが務めることになりますが、この大きな穴を果たして埋めることが出来たのでしょうか。その後、小島秀哉さんとは「残菊物語」(昭和56年9月朝日座)、曽我廼家鶴蝶さんとは「香華」(昭和57年3月朝日座)の劇場中継収録に関わることになります。

「藤山寛美十八番箱「に収納されている作品は、昭和56年7月明治座公演の狂言です。この前年、東京公演のホームグラウンドであった新橋演舞場が建て替え中であったため、明治座での公演が昭和37年3月以来18年ぶりに実現しました。(2007年8月16日、記)

 

満員御礼

【昨夜妻になりました】  館直志・作、平戸敬二・脚色、

昭和51年11月御園座公演、「藤山寛美十八番箱」未収納、第3カメラ担当
 「藤山寛美十八番箱」未収納 
第一場 ある団地の表

第二場 粕谷健一の新居

第三場 元の団地の表

【人物】

食料品販売員 沢井  :沢田 光生

団地の人 乙     :原田 介次

 同 A       :田代 博子

健一の姉 美代子   :大津 十詩子

 同 B       :明石 英子

その良人 荒木    :守田 秀郎

 同 C       :林 千恵

粕谷の同僚  岸本  :藤山 寛美

団地の奥さん 邦江  :大路 美也子

粕谷 健一      :中川 雅夫

 同 信子      :御陵 多栄子

保険外交員 楠本   :喜多 康樹

 同 京子      :佐久良 国子

仲人 萩原 剛造   :八木 五文楽

邦江の良人 仁川   :岩田 正

 同妻 あつ子    :滝見 すが子

団地の住人 太田   :槙 宏樹

弥生の母 登代    :石河 薫

粕谷の新妻 弥生   :四条 栄美

健一の友人 正本   :藤咲 三太郎

粕谷の同僚 北村   :金乃 成樹

 同 古賀      :山本 雅一

小山 亀造      :小島 秀哉

 同 井上      :中尾 徳

団地の人 甲     :宮路 拓也

その他 団地の人 多ぜい      

【劇場中継スタッフ】

チーフ・プロデューサー  :矢部 章

第1カメラ :安東 武史

ディレクター       :山田 直也

第2カメラ :岸田 功

アシスタント・ディレクター:北野 桂子

第3カメラ :田口 善敏

フロァ・ディレクター   :鍛冶 国義

音声    :加藤 信夫

アナウンサー       :伊豆 百合子

音声    :和田 貢

照明           :藤川 敏雄

調整    :黒田 昌男

メイク          :金森 美恵子

調整    :宮内 良一

テクニカル・ディレクター :蜂谷 斌雄

VTR   :熊倉 正彦

スイッチャー       :蜂谷 斌雄

技術協力  :榊原テレビ機配

【緞帳が降りて】

昭和23年12月「松竹新喜劇」結成以前のことは解らないが、「松竹新喜劇」としては昭和24年7月中座公演「昨夜妻となりぬ」が初演だと思われる。昭和30年3月中座公演、同年4月南座公演、同31年3月御園座、同年7月新橋演舞場、同年11月南座公演、同32年4月(7日間)神戸新聞会館公演、昭和38年4月中座公演まで同演目で上演され、同46年1月中座公演から「昨夜妻となりました」に改題され、同47年7月新橋演舞場公演、同51年11月御薗座公演が、この狂言である。その後、同52年7月新橋演舞場公演でも上演され、結成以来比較的多く上演されてはいるものの、いずれも序幕の狂言として扱われている。

松竹新喜劇としては珍しく「団地」が、その舞台となっている。おそらく、館直志さんの原作を平戸敬二さんが脚色した時、昭和46年1月中座公演からだと思うが、狂言名も「昨夜妻となりました」と改題し、当時は最先端の住環境であった「団地」を舞台にしたのではあるまいか。昭和46年と言えば、大阪で万博が開かれた翌年であり、住宅公団が盛んに「団地」を売り出した頃である。

ストーリーは「他愛もない邪推」から起こる騒動の顛末記である。会社の後輩「粕谷健一」(中川雅夫)が結婚したことを急に知らされた「小山亀造」(小島秀哉)が、新婚旅行の飛行機が欠航になったことを知って、結婚式の翌日団地にある新居を訪ねて来ます。そこで、学生時代に下宿をしていた家の娘「粕谷の新妻・弥生」(四条栄美)と偶然に出会い、昔話に花が咲きます。会社の後輩「粕谷健一」の結婚した相手が「弥生」であることを知った「小山亀造」は、お祝を買いに行くと言って立ち去ります。この話を立ち聞きした「健一の姉・美代子」(大津十詩子)が邪推して、「健一の新妻・弥生」が「小山亀造」と怪しい関係であったと思い込み、物語が発展して行きます。

藤山寛美さんは「粕谷の同僚・岸本」として途中から登場するのですが、それほど活躍の場が用意されている訳ではなく、もうひとつはっきりしない役どころです。思うに、この序幕狂言に藤山さんを出演させるための役柄を追加したのではないか、と推測出来ます。このようなことは、しばしば行われていたことであり、それ自体は何の問題もないのですが、藤山さんの役柄が一番問題ですね。今読み返して見ても、もったいない役柄での起用ではないのか、と思うのでありますが・・・。

一方で、私たち制作技術スタッフは思わぬ光景を見ることになります。この公演は昼夜同じ出し物であったのですが、劇場中継台本のスケジュールによれば、我々の下見は11月25日の午前11時と午後4時。本番は翌日午前11時となっています。カメラ・リハーサルをしない劇場中継では、2回の下見をして“ぶっつけ本番”が当たり前ですが、昼夜同じ出し物でない限り2回の下見と言うことは2日を要します。1日に2回の下見が可能であった昼夜同じ興行、そこが異例と言えば異例です。

ところが、どのような話し合いの結果であったのか解りませんが、25日2回の下見をしたその日の公演終了後、急遽「立ち稽古」を見ることが決定しました。普段我々技術スタッフが「立ち稽古」を見ることはありません。初めての経験です。

我々カメラマンが下見の時にカメラ位置から見ることは、演出者の意図する“カット割り”【注1】が、どのようなサイズで捕まえられるのか、と言うことです。これは舞台上の役者さんの“動きと立ち位置”で決定されます。従って、本番の前日に立ち稽古をすることは、役者さんの“動きと立ち位置”が微妙に変わり、下見で記憶した“カット割りのサイズ”が変わるかも知れないと言う、極めて重大なことを意味します。はっきり言えば、本番前日の立ち稽古は、下見の“カット割り”を根底から覆す要素があるかも知れない、と言うことであり、カメラマンにとっては、出来ることであれば、避けて欲しい重大な問題です。

【注1】“カット割り”とは、テレビ収録演出者(ディレクター)が、どのカメラを使って、どのようなサイズの画面を撮るのか、を予め決めています。通常、劇場中継で使用するカメラ台数は3台ですが、カメラとサイズをきめることを“カット割り”と呼んでいます。そのためにテレビ演出者は、技術スタッフが下見をする前に、何回も劇場に足を運んで、芝居を良く観て“カット割り”をします。技術スタッフが下見をする数日前までには、“カット割り”台本が印刷されて配られます。

この初期の“カット割り”台本の完成度が高ければ高い程、収録された番組は出来の良い作品となりますが、なかなかそう上手く行くものではありません。我々カメラマンやスイッチャーが相手にするのは、お客さんの要求に即座に答えて、前代未聞のリクエスト芝居をやってのける「松竹新喜劇」の役者さん達です。アドリブの台詞が出る、台詞が前後するのは当たり前、1日として同じ芝居はやりません。さすがに「俄」の系統を血筋とする喜劇集団です。

従って、下見を終えた後の「打ち合わせ」は重要です。テレビスタジオでの生本番や収録であれば、カメラリハーサルがあり、前後のカットを含めたカメラサイズも確認出来ますが、劇場中継にはカメラリハーサルがありません。「打ち合わせ」こそがカメラリハーサルの働きをすることになります。

通常、劇場中継のカメラマンが下見をする時は、カメラを置く場所である客席に座り、ペンライトで台本を照らしながら舞台の進行を追いかけます。劇場には客席後方上手、または下手に幹事室【注2】という舞台全体を見渡せる部屋があり、道頓堀の中座であれば上手客席後方、京都の南座は下手客席後方、名古屋の御園座は上手客席後方に位置しています。舞台全体を撮影する第2カメラ位置は、客席後方中央にあるために、その恩恵を得ることはありませんが、第1カメラ(下手客席後方)、第3カメラ(上手客席後方)であれば、前述の条件によって幹事室から下見をすることが出来ます。幹事室にはこの時、演出者、スイッチャー、カメラマンがいます。御園座のように広い幹事室であれば、音声担当者もここから見ています。

【注2】収録しない狂言であっても、観ておきたい狂言は、幹事室から鑑賞することも許されます。余談ですが、中座の幹事室で女優の小暮実千代さんにお会いしたことがあります。狭い幹事室で並んで芝居を観ましたが、松竹新喜劇の役者さんの名前を聞かれましたので、多少の解説を交えてお話しを致しました。「子供の頃、“お茶漬けの味”という映画を観ました」と言うと、ホホホと笑われ「もっと新しい映画も観て下さい」と御忠告を受けました。

さて、終演後の「立ち稽古」ですが、翌日の公演に備えて舞台セットは“建て込み”【注3】されています。この舞台には出番のない役者さんも、いつでもこの狂言の「人物」を割り当てられてもいいように、いわば勉強のために見学するのです。伴心平さんは「立ち稽古」の後、どこかへ出掛けるのでしょうか。白いスーツに身を固め、客席に座っています。脚色した平戸敬二さんの姿も見えます。演出者、スイッチャー、第3カメラの私、音声担当者も幹事室から客席に出て下見するように言われました。

【注3】“建て込み”とは、舞台のセットを製作することであり、大道具と呼ばれるスタッフが行います。この美術用語は、テレビ業界でも使われています。この世界では未だに尺貫法が使われており、3尺と6尺の張り物を「サブロクの張り物」と呼んでいます。釘を打つトンカチのことを「ナグリ」と言います。確かに釘を殴りますね。

「松竹新喜劇」の事実上の舞台演出家である藤山さんは、花道七三に置かれたパイプ椅子に、台本を片手に浴衣がけでどっかと腰を落としています。傍には若手の女優さんがタバコ盆を抱えてスタンバイしています。本公演と同じように、役者さんが板付きとなり、音楽と共に舞台がスタートします。本公演と違うのは、緞帳は挙がったままであることだけです。我々技術スタッフがめったに観ることが出来ない「立ち稽古」風景が、そこに展開されて行きます。

役者ではなく、舞台演出家である藤山さんは、時々舞台の進行を止め、役者の動き、台詞、その間合いに“ダメ出し”【注4】をしながら、時には舞台中央まで足を運び、男役であろうが女役であろうが、自ら実際に演じて見せます。これがまた、理に叶った演技指導であり、芝居臭くなく、ごく自然で上手い演技です。どのような役柄であっても、その役柄に成り切っての細かい演技です。身体全体が登場人物になっています。

【注4】“ダメ出し”とは、演出者の意図と違う芝居をした場合に、役者さんに与える演技指導のこと。台詞の間違いはもちろん、動きや間、ありとあらゆる演技に関して指摘します。役者であり演出家である藤山さんは、他人の芝居(演技)にイライラするんでしょうね。

上岡龍太郎さんは「藤山寛美七回忌特別番組 泣いて笑うて親バカ子バカ」(平成8年5月3日放送、読売テレビ)の中で、インタビュアーの藤山直美さんに、このような発言をしています。「松竹新喜劇の役者さん程、不幸な役者さんはいない。あれ程の天才役者に一生シゴかれる訳だから・・・」 確かにその通りですね。それらしき扮装とメイクを施しても、舞台上の役柄ではなく、芸名のまま舞台に立っていないか。そんな言葉が聞こえて来るような気がします。

藤山語録は、いくつもあるのですが、こんな言葉を残しています。「小便がしたければ、ズボンも降ろしてやる。“シー来い来い来い”も、言うてやる。しかし、小便だけは自分でせえよ」。「役者として大きくなって行くための援助は惜しまないが、最後は自分自身の演技を磨くことだぞ」ということを言っているのです。

昭和56(1981)年12月に「NNNドキュメント81」で放送された「役者一代 藤山寛美の世界」でも、読売テレビ報道カメラマン宇和武さんが撮影した「立ち稽古」風景がありますが、藤山さんの芝居を追求する厳しい姿が映像に納められています。私が御園座で一度だけ見た「立ち稽古」風景が再現されているのです。このドキュメンタリー作品は、読売テレビ報道局の井上寛一さんが企画したドキュメンタリー番組ですが、「藤山寛美十八番箱」のプレゼントとして配布されました。(2007年8月30日、記)

 

 

満員御礼

【愛情航路】  館直志・作、平戸敬二・脚色/演出、

昭和51年12月公演中座、「藤山寛美十八番箱」未収納、第3カメラ担当

 

【同作品の我が「青春の缶詰め」】

昭和47年1-2月中座公演、第3カメラ担当(資料なし)

  「藤山寛美新十八番箱-壱」収納作品「愛情航路」は、昭和60年11月中座公演

 

第一場 港近くの肉めし屋「ちから亭」

第二場 丘の上にある河合の家

第三場 灯台の見える丘

【人物】

男客 A       :槙 宏樹

料亭の女主人 宮本  :酒井 光子

 同 B       :藤咲 三太郎

河合 弘       :中川 雅夫

 同 C       :山本 雅一

船員 大村      :守田 秀郎

力さんの妹 みち子  :大路 美也子

 同 関       :美山 昭次郎

みち子の友人 時子  :御陵 多栄子

老船員 浅野作造   :長谷川 稔

 同 さよ子     :佐久良 国子

知人 岩井      :小島 慶四郎

みち子の婚約者 吉田 :服部 哲治

事務員 秋山     :沢田 光生

女客 一       :小緑 美重子

河合の友人 増田   :喜多 康樹

 同 ニ       :滝 由女路

河合の妻 ふじ子   :四条 栄美

ちから亭主人 力さん :藤山 寛美

ふじ子の母      :曽我廼家 鶴蝶

その女房 おかつ   :大津 十詩子

金貸 山路      :石河 薫

運送店主人 佐々木  :伴 心平

その娘 久子     :月城 小夜子

火夫 島本      :里見 たかし

まさの友人 信枝   :勝浦 千浪

港の売店 芳さん   :小島 秀哉

港の通行人 多ぜい  :

【劇場中継スタッフ】

チーフ・プロデューサー  :矢部 章

第1カメラ :安東 武史

ディレクター       :山田 直也

第2カメラ :岸田 功

アシスタント・ディレクター:北野 桂子

第3カメラ :田口 善敏

フロァ・ディレクター   :鍛冶 國義

音声    :加藤 信夫

アナウンサー       :伊豆 百合子

音声    :和田 貢

照明           :藤川 敏雄

調整    :黒田 昌男

メイク          :金森 美恵子

調整    :宮内 良一

テクニカル・ディレクター :蜂谷 斌雄

VTR   :熊倉 正彦

スイッチャー       :蜂谷 斌雄

技術協力  :榊原テレビ機配

【緞帳が降りて】

「松竹新喜劇」らしい芝居で、私は大好きな狂言です。大詰めで初めて明らかになる「老船員・浅野作造」(長谷川稔)の暗い過去。二度と会うことはあるまい、と思っていた我が娘が突然姿を現し、あろうことか、その娘夫婦に「金を返せ」と迫っている身寄りのない老船員の気持ち。張り裂けんばかりの心境であろうと思うし、事実を知ってしまった古い友人「ちから亭主人・力さん」(藤山寛美)の驚きは、いかばかりか。毎度のことながら、このような過酷な人生ドラマを準備する館直志の創作力には恐れ入ってしまう。

しかしながら、一見ハッピーエンドに終わりそうなこの狂言も、現実にはどのような後日談が待ち受けているのであろうか。「老船員・浅野作造」が最後の航海を終えて船を降り、丘の上にある我が娘夫婦の家に身を寄せたとしょう。娘は借金の返済を先延ばししてくれた親切な元老船員を、幼き頃に母親と共に下関の旅館に捨てた父親とも知らず、日々暮らして行くことになる。元老船員はその秘密を口外することなく、実の娘とその夫、可愛い孫に囲まれて、豊かな老後を過ごして行くことが果たして出来るであろうか。

劇作家・館直志さんはこの狂言名を「愛情航路」と名付けていますが、どのように結末を考えてみても、老船員と実の娘が一緒に暮らすことは出来ないような気がする。この親子が一緒に生活することは、荒海に向かって船出するよりも、多くの困難が待ち受けている。「血は水よりも濃い」ものであり、いかなる事情があったにせよ、母親と幼き自分を捨てた父親を、たとえ借金を棒引きしてくれたとしても、実の娘が許せるものでしょうか。かって「老船員・浅野作造」を演じた役者・渋谷天外さんは、どのような「老船員」の将来を描きながら演じていたのでしょう。

解散趣意書」(昭和52年2月中座公演、館直志・作、平戸敬二・脚色/演出)という狂言に劇作家・館直志さんの解決法が隠されています。暴力団の組長(伴心平)と「暴力反対」のキャンペーン記事を書いている新聞記者(服部哲治)とが、親子であることを偶然に知った医師(藤山寛美)は、親子の名乗りを挙げないことを条件に引き合わせてやる、という筋書きです。例え親子であることが、それが真実であったとしても、今さら古い話を持ち出して、若者に新たな苦しみを味合わさせるな、という劇作家・館直志さんの人生哲学でしょうか。

ここに、昭和47年2月中座公演時のパンフレッドがある。1月と2月を通しで「劇団創立25周年記念と館直志脚本作家50年を祝うて」と銘打って公演した時のもので、その狂言の中に「愛情航路」があり、渋谷天外さんが「老船員・浅野作造」を演じています。舞台写真も7枚掲載されており、当時の舞台を思い起こすことが出来る。後学のために、昭和47年1-2月中座公演と51年12月中座公演、さらに「藤山寛美新十八番箱-壱」に収納されている昭和60年11月中座公演の主な配役を御紹介しておこう。

主な配役

昭和47年1-2月中座

昭和51年12月中座

昭和60年11月中座

力さんの妹 みち子

:藤枝 美紀子

:大路 美也子

:花井 万津恵

みち子の婚約者 吉田

:  −

:服部 哲治

:曽我廼家 玉太呂

ちから亭主人 力さん

:藤山寛美

:藤山寛美

:藤山寛美

その女房 おかつ

:曽我廼家 鶴蝶

:大津 十詩子

:正司 照恵

運送店主人 佐々木

:東 光男

:伴 心平

:梅大路 満

港の売店 芳さん

:千葉 蝶三郎

:小島 秀哉

:八木 五文楽

河合 弘

:小島 秀哉

:中川 雅夫

:曽我廼家 文童

船員 大村

:守田 秀郎

:守田 秀郎

:曽我廼家 五九郎

 同 関

:中川 雅夫

:美山 昭次郎

:曽我廼家 八十吉

老船員 浅野作造

:渋谷 天外

:長谷川 稔

:伴 心平

知人 岩井

:小島 慶四郎

:小島 慶四郎

:曽我廼家 寛太郎

河合の友人 増田

:長谷川 稔

:喜多 康樹

:  −

河合の妻 ふじ子

:大津 十詩子

:四条 栄美

:四条 栄美

ふじ子の母 まさ

:酒井 光子

:曽我廼家 鶴蝶

:酒井 光子

金貸 山路

:  −

:石河 薫

:  −

その娘 久子

:  −

:月城 小夜子

:  −

まさの友人 信枝

:  −

:勝浦 千浪

:  −

私の担当

:第3カメラ

:第3カメラ

:  −

役名は、昭和51年12月公演時の台本による。
「ちから亭主人・力さん」(藤山寛美)の仲間で、実に頼りない「芳さん」を演じている千葉蝶(三郎)さん、八木(五文楽)さんの芝居は想像出来るでしょうが、私が収録した時は、この役を(小島)秀哉さんが演じていますから驚きです。秀哉さんの役どころは、借金取りに追われる「河合弘」役のような役柄が多いのですが、どうしてどうして、「ボケ」役の秀哉さんも捨て難い存在です。

例えば、こんな台詞があります。「力さん」と「芳さん」が相談しているところに、当事者の「河合」が力さん経営の食堂に現れます。「力さん」は待ってましたとばかり、貸したお金の返却を迫ります。力さんは「芳さん、お前も何とか言え。何ぞ言え」と言います。芳さんは「言うてもええんか。ほな、カレーうどん、頼む」。力さんは怒ります。「アホ! 河合さんに、何か言え、言うてんのや」。「あー、そう、河合さん、何食べはる?」。日頃の秀哉さんにない役どころであるが故に、もう、最高のボケ具合です。笑えます。

今回も脇に廻った役どころで笑わす藤山さんですが、藤山さんを中心にして展開する「松竹新喜劇」の芝居は、「藤山寛美十八番箱」というDVDの中に、そしてまた、我々の心の奥底に未来永劫生き続けています。(2007年8月25日、記)

 

満員御礼

【解散趣意書】  館直志・作、平戸敬二・脚色/演出、

昭和52年2月中座公演、「藤山寛美十八番箱」には未収納、第3カメラ担当
 

第一場 大鷲組事務所の表

第二場 同 内部

第三場 再び大鷲組事務所の表(三日後)

    花道

第四場 西谷診療所の内部

第五場 大鷲邸の応接間

    花道

第六場 岬の上の黒潮神社

 

【人物】

この狂言は、通常公演時と収録時の配役が異なっています。カッコ内が通常公演時の役者さんです。

大鷲組組員 由    :松田 寛

芸妓 友香      :大路 美也子

同 健        :里見 たかし

西谷の妹 正子    :月城小夜子(滝 由女路)

同 政        :山本 雅一

その友人 京子    :御薗 恵美子(八重加保里)

同 安        :槙 宏樹

看護婦 信枝     :福田 美穂子(小緑美重子)

新聞記者 石井幸一  :服部 哲治(中川 雅夫)

西谷の妻 よし子   :御陵 多栄子(大津十詩子)

カメラマン 早瀬   :中川 雅夫(服部 哲治)

市会議員 大田原   :小島 秀哉(小島 慶四郎)

警官 仁田      :原田 介次

住民パワーの人々 田村:東 光男

同          :中尾 徳

同 木崎       :美山 昭次郎

大鷲組幹部 鉄    :金乃 成樹(八木 五文楽)

同 芳山       :喜多 康樹

同 組員 虎     :藤咲 賛多郎

同          :林 千恵

同 丑        :武田 茂雄

同          :田代 博子

町の人 岩井     :守田 秀郎

同          :明石 英子

同 木村       :石河 薫

同          :平井 一子

同 戸田       :沢田 光生

同          :八重加保里(福田 美穂子)

同 辻本       :佐久良 国子(勝浦 千浪)

同          :生島 康子

同 大西       :滝 由女路(佐久良 国子)

同          :右近 正子

同 西谷       :岩田 正

同          :青葉 寿々代

正木 民江      :勝浦 千浪(曽我廼家鶴蝶)

同          :宮路 拓也

医師 西谷 源太郎  :藤山 寛美

同          :浅井 昇

会長 大鷲 三平   :伴 心平

同          :内山 栄一

大鷲組支配頭 響   :小島 慶四郎(金乃 成樹)

同          :島田 一郎

料亭 女将 お富   :曽我廼家鶴蝶(酒井 光子)

同          :元生 茂樹

芸妓 美津代     :小緑 美重子(御陵多栄子)

   
【劇場中継スタッフ】

チーフ・プロデューサー  :矢部 章

第1カメラ :岸田 功

ディレクター       :山田 直也

第2カメラ :安東 武史

アシスタント・ディレクター:北野 桂子

第3カメラ :田口 善敏

フロァ・ディレクター   :鍛冶 國義

音声    :和田 貢

アナウンサー       :伊豆 百合子

音声    :中村 吉宏

照明         :岸本 敬二

調整    :黒田 昌男

メイク        :金森 美恵子

調整    :宮内 良一

技術/スイッチャー  :蜂谷 斌雄

車両    :西俣、上野、光岡

協力    :榊原テレビ機配

【緞帳が降りて】

この狂言は、松竹新喜劇らしい芝居ですが、それ程私の記憶に強く残っていた作品ではありませんでした。しかし、珍しいことに小島秀哉さんが“市会議員の偉いさん”を演っていたことと、小島慶四郎さんのギャグ、シャッターにぶつかって「シャッター」という親父ギャグを発する芝居を、かすかに憶えていただけです。

映画でもテレビでも同じですが、その本編とは関係なく、どう言う訳かあるシーンだけを強烈に憶えていることがあります。たとえば、子供の頃観た映画「しいのみ学園」ですが、わが子の病気を治そうと祈祷師にまですがる父親・宇野重吉さんが、祈祷師の弊に叩かれて「痛ッ」と顔をしかめるシーンを、何故か今も鮮明に憶えています。他にも、テレビドラマですが、確か「東芝日曜劇場」であったと思うのですが、バンバ競馬が背景にあるドラマです。そうです、重い重量の負荷を引きながら競争する馬を扱ったドラマでしたが、競技中にその馬と荷物を繋いだ鎖が金属製の音を発してパーンと切れるのです。ローアングルの逆光カット、素晴らしい映像でした。小林桂樹さんが出演していました。そんなシーンだけを憶えているのですが、あとは何も記憶にありません。

永年「松竹新喜劇」の舞台を職業として観続けて来ましたが、この狂言も先程述べたように、小島秀哉さんと慶四郎さんの芝居がかすかに記憶にあっただけです。「藤山寛美十八番箱」にも納められていない狂言ですが、今回改めて台本を読んで、「松竹新喜劇」らしい“親と子の情愛”を描いた素晴らしい芝居であることが判りました。めったに公演される狂言ではありませんので、後学のためにあらすじを御紹介しましょう。

ある温泉街を根城に終戦直後から活動している大鷲組(会長の大鷲三平が伴心平)という暴力団を解散させるための住民運動が活発に行われているのですが、この住民運動を支持し連日キャンペーン記事を書いている大阪タイムズ新聞記者・石井幸一(服部哲治)がいます。この大鷲組会長と死んだ親父が友人であったと言う西谷診療所の医師・西谷源太郎(藤山寛美)も、個人的に再三忠告を繰り返しているのですが、いっこうにラチがあきません。

ある時、西谷医師は親父の古い日記帳を発見するのですが、終戦前から戦後の24、5年頃までのことが書かれています。そこに大鷲三平の窮状をたびたび助けたことや、昭和22年には大鷲の前の奥さん、お種という名前ですが、5ケ月の身重でありながら、大鷲に愛想をつかし、故郷の福井県小浜に帰ると言い出します。西谷の親父はふたりを説得するのですが、大鷲は言うことを聞きません。その後、小浜の朝日館という宿屋より便りがあり、男児出産を知ります。大鷲に知らせるも、知らんと言われ、仕方なくお金を見舞いとして送った、ことが親父の日記に書かれています。

突然、新聞記者・石井幸一が西谷の親父と幼馴染みであった大鷲のことを聞きたい、と押し掛けて来ます。一旦は断るのですが、話をしている内に新聞記者・石井の父親がやくざであったことを告白します。郷里を聞くと「福井県小浜の朝日館という旅館で生まれた」と言い、母親の名前を聞くと「種」。「暴力団追放」の記事を書き、大鷲組を解散に追い込もうとしている新聞記者・石井の父親は、何と大鷲組会長の大鷲三平であることが、西谷には判ったのです。暴力団を憎むのであれば、やくざであった父親に会ってみたいとは思わんか、と問いかけますが、石井は首を縦に振りません。芝居とは言え、ここまで過酷な運命を準備した館直志さんの創作力に脱帽です。

大鷲邸応接室で子飼いの市会議員(小島秀哉)と相談中に、西山が乗り込んで来ます。二人きりになったところで、西山が切り出します。石井の父親も組関係の人間、福井の小浜で生まれて、母親の名前は種。驚く大鷲が「会って確認する」と言い出しますが、西山が「石井の立場を考えてやりなさい。今まで戦って来た相手が自分の父親と知ったら、石井の気持ちはどうなる。施設に預けられ、人の情けで成長して来た倅を、また泣かすのか。苦しめるのか」と止めます。

逮捕の知らせを持って飛び込んで来た大鷲組支配頭(小島慶四郎)に、大鷲が言います。「今日限り大鷲組は解散する」と。さらに西谷に向かって「ただひとつ、友達の息子として、あんたに頼みがある」。西谷は言います「なにも言いな、判ってる。石井に会わせてくれと言うのやろ。親と名乗って悪かったら名乗らぬ。法の裁きを受けるその前に、わが子の顔を一目見たいと言うのやろ」。

いよいよ大詰め。大鷲と実の息子・石井が西谷を間にして岬の上の黒潮神社で会うことになります。子供のいない大鷲は初めて我が子の成長した姿を見ることになるのです。舞台、映画、テレビドラマの世界にいくつも創作されて来た、親子と名乗れない浮世のしがらみ。長谷川伸の舞台が再現されます。伴心平の演技もお見事ですが、傍役の狂言回しの役に廻った時の藤山さんの芝居には、いつも感心させられます。

平気で我が子を虐待し殺め、また、簡単に親を殺める昨今の風潮ですが、古いと言われようが、私はこのような親子の情愛をテーマにした狂言が大好きです。「解散趣意書」は「藤山寛美十八番箱」には納められていませんが、私の好きな「松竹新喜劇」の狂言として、あえて長々と御紹介致しました。(2007年8月13日、記)

 

満員御礼

【浪花の夢 宝の入船】  一竜斉貞鳳・口演、平戸敬二・脚本/演出

昭和52年8月新橋演舞場公演、「藤山寛美十八番箱」未収納、第3カメラ担当

 

【同作品の我が「青春の缶詰め」】

昭和55年1月中座公演、第2カメラ担当

昭和56年1月サンシャイン劇場公演、第3カメラ担当

昭和57年10月中座公演、第3カメラ後見担当

「藤山寛美十八番箱-六」収納作品は、昭和60年2月中座公演
 
第一場 北の新地大梅屋の表

第二場 備前屋の離れ座敷

【人物】

角兵エ獅子 おゆう  :八重 加保里

 同 竹松      :藤咲 三太郎

 同 妹 おりう   :御園 恵美子

備前屋の娘 おその  :四条 栄美

 同 父親 左兵エ  :沢田 光生

 同 乳母 おしも  :石河 薫

鳶の者 勘太     :服部 哲治

上女中 お徳     :月城 小夜子

 同 万造      :美山 昭太郎

備前屋女中 おこま  :滝 由女路

角力取り 皮鯨    :岩田 正

 同 女中 お竹   :田代 博子

 同 数の子     :渋谷 天笑

備前屋ご寮さん おはる:酒井 光子

大梅屋仲居 おりく  :佐久良 国子

 同 番頭 善六   :八木 五文楽

淀屋 栄五郎     :伊吹 聡吾朗

神埼屋番頭 喜助   :金乃 成樹

太鼓持ち ぴん助   :槙 宏樹

神埼屋 喜右エ門   :東 光男

芸者 小万      :大路 美也子

神埼屋若い者 市造  :原田 介次

 同 牡丹      :御陵 多栄子

 同 辰吉      :武田 茂雄

備前屋 大左エ門   :伴 心平

 同 仁助      :松田 寛

 同 手代 甚吉   :小島 秀哉

 同 三太      :内山 栄一

大梅屋女将 お勝   :曽我廼家 鶴蝶

 同 男衆      :浅井 昇

芸者 千代葉     :大津 十詩子

通行の娘 1     :福田 美穂子

 同 梅葉      :滝見 すが子

 同 2       :生島 康子

淀屋若旦那 京三郎  :小島 慶四郎

 同 3       :青葉 寿々代

大梅屋下女 お七   :小緑 美重子

通行の女房 1    :林 千恵

石工 堅田の源造   :藤山 寛美

 同 2       :明石 英子

大梅屋若い者 松造  :中川 雅夫

通行の男       :宮路 拓也

 同 梅造      :曽我廼家 文童

その他 多ぜい    :

【劇場中継スタッフ】

制作            :香坂 信之

スイッチャー:黒田 昌男

プロデューサー&ディレクター:山田 直也

第1カメラ :徳久 多久美

アシスタント・ディレクター :北野 桂子

第2カメラ :西井 信夫

フロァ・ディレクター    :鍛冶 國義

第3カメラ :田口 善敏

アナウンサー        :小松 昿代

音声    :和田 貢

照明            :岸本 敬二

音声    :本間 敏弘(日本電子工学院)

メイク           :金森 美恵子

調整    :小山 賢二(日本電子工学院)

テクニカル・ディレクター  :中山 善隆

制作協力  :日本電子工学院

【緞帳が降りて】

勘違いをされたことなどつゆ知らず、勘違いをしてしまい、思わぬ大金を手にする主役「石工・堅田の源造」を藤山寛美さんが演じる「松竹新喜劇」ではすっかりお馴染みとなった名狂言のひとつ。芸達者な(曽我廼家)鶴蝶さんと(小島)秀哉さんの「松竹新喜劇」最後の舞台となった旧・新橋演舞場での公演である。

「曽我廼家五郎全集」(和田久一・著作、アルス社、昭和5年7月)にも掲載されている「寶の柏手」が下敷きとなってはいるが、米田亘さんの「藤山寛美十八番箱」「解説」によれば、「浪花の夢 宝の入船」は「派手な芝居」を要望した藤山寛美さんのために、昭和45年正月中座公演の出し物として、劇作家・平戸敬二さんが一竜斉貞鳳・口演の講談を基に脚色化したものである。「浪花の夢 宝の入船」の狂言名でも判るように、おめでたい新春公演の出し物として創作されている。

勘違いと言えば、入社後すぐにこんな話を聞いたことがある。技術管理職のAさんとその部下であるBさんが、あるメーカーを訪れた時、メーカーの方が真っ先に名詞を差し出すのは、いつもBさんであって、管理職のAさんではなかったらしい。それに気付いて以来、AさんはBさんとメーカーを訪問することを嫌ったと言う。BさんはAさんより若いにもかかわらず、頭がハゲあがっており、どう見てもAさんの方が年下に見られたためらしい。

「備前屋の番頭・善六」(八木五文楽)が「堅田の石工・源造」(藤山寛美)を「世を忍ぶ大金持ちの仮の姿」と勘違いするのも無理はない。汚い格好はしているものの、旦那様の大切なお客様であり、国には蔵の手がかかる3ッ4ッ、後は黙っていても大丈夫と言うし、何よりも商売の元手である「カネ」を無造作に持ち歩いている。「石工・源造」も「番頭・善六」を騙すつもりはないが、「番頭・善六」が田舎のお大尽と思い込むのも当たり前だろう。

今度は「石工・源造」が勘違いする番だ。「米を二杯買ってくれ」と言われて吃驚する。これだけの身代でありながら、米二杯が買えないとは・・・。事情をよく知る「備前屋・大左エ門」(伴心平)が、この場にいない設定が、「寶の柏手」でも無理のない筋運びになっている。「米二杯を買う」ことにした「石工・源造」が、手付けの金を請求されて驚いた。「たつた米二杯で手付けとは、さすが大阪」と、余裕たっぷり。まだまだ、勘違いが続いています。

いよいよ大詰め。

備前屋のご寮さん おはる

:酒井 光子

「お前が買うた 二杯とは」

石工 堅田の源造

:藤山 寛美

「一升マスに 二杯やろ」

備前屋のご寮さん おはる

:酒井 光子

「千石船が二艘のこと、お金にして五千二百両・・・」

わなわなと震える「石工・源造」。勘違いとは言いながら「空相場は天下の御法度。打ち首、さらし首はまぬがれぬ」。己の蒔いた罪の大きさに自失呆然・・・。藤山さんの独壇場であります。初演以来、幾度となく上演されているお馴染みの狂言であり、古典的な歌舞伎同様、筋立ては解っているのですが、観客の皆さんは、藤山さんの「この瞬間の演技」を観るために足を運ばれている、と言っても過言ではありますまい。

当時の劇場中継演出スタッフの「お気に入りの狂言」であったようだ。私が収録に関わっただけでも(手許に劇場中継台本がない昭和46年−同50年を除く)、昭和52年8月新橋演舞場公演(第3カメラ担当)、昭和55年1月中座公演(第2カメラ担当)、昭和56年1月サンシャイン劇場公演(スイッチャー担当)、昭和57年10月中座公演(第3カメラ後見担当)と、合計4回を数えている。但し、初演が昭和45年1月であるため、昭和44年1月に制定された「松竹新喜劇 裏表十八番」には含まれていないが、「藤山寛美二十快笑」には当然エントリーされている。

後学のために、昭和55年1月、昭和57年10月、「藤山寛美十八番箱-六」に収納されている昭和60年1-2月中座公演(藤山寛美舞台生活満五十年)の主な役柄と役者さんの芸の遍歴を記録しておきましょう。

主な配役

昭和55年1月中座

昭和57年10月中座

昭和60年1-2月中座

角兵衛獅子親方 佐兵衛

:沢田 光生

:沢田 光生

:沢田 光生

鳶の者 勘太

:服部 哲治

:樋口 勝次郎

:曽我廼家 五九郎

大梅屋仲居 おりく

:岸本 康子

:岸本 康子

:藤枝 十美江

淀屋 栄五郎

:伊吹 聡吾朗

:金乃 成樹

:梅大路 満

備前屋 太左衛門

:伴 心平

:伴 心平

:伴 心平

 同 手代 甚吉

:中川 雅夫

:中川 雅夫

:林 啓二

大梅屋女将 お勝

:勝浦 千浪

:滝見 すが子

:阿井 美千子

芸者 千代葉

:大津 十詩子

:大津 十詩子

:四条 栄美

 同 梅葉

:滝 由女路

:御陵 多栄子

:月城 小夜子

淀屋若旦那 京三郎

:小島 慶四郎

:  −

:  −

淀屋若旦那 丹三郎

:  −

:小島 慶四郎

:宮路 玉太呂

大梅屋下女 お七

:秋葉 陽子

:秋葉 陽子

:  −

大梅屋仲居 お七

:  −

:  −

:宮村 八須絵

石工 堅田の源造

:藤山 寛美

:藤山 寛美

:藤山 寛美

大梅屋板場 松造

:曽我廼家 五九郎

:曽我廼家 福輔

:松田 八十吉

 同 若い者 梅吉

:渋谷 天笑

:曽我廼家 玉太呂

:高橋 寛太郎

 同 竹松

:曽我廼家 文童

:羽根田 竜美

:都築 謙次

備前屋の娘 おその

:四条 栄美

:四条 栄美

:井上 英以子

 同 乳母 おしも

:双葉 弘子

:  −

:寺島 信子:  −

 同上女中 おしも

:  −

:月城 小夜子

:  −

備前屋御寮さん おはる

:酒井 光子

:勝浦 千浪

:香川 桂子

 同 番頭 善六

:八木 五文楽

:八木 五文楽

:高田 次郎

神埼屋番頭 喜助

:金乃 成樹

:高田 次郎

:曽我廼家 文童

 同 主人 喜右エ門

:東 光男

:長谷川 稔

:長谷川 稔

私の担当

:第2カメラ

:第3カメラ後見

:  −

劇場中継台本

昭和60年当る丑歳新春公演

藤山寛美舞台生活満五十年

松竹創業90周年参加

特別賛助出演

 辰巳 柳太郎(1月)

 島田 正吾(2月)

新春初夢に相応しいおめでたい狂言。いやいや、大金が転がり込む話なら、季節はいつでもよろしい。(2007年8月27日、記)

満員御礼

【愛の小荷物】  茂林寺文福・作、平戸敬二・脚色、

昭和53年1月公演、中座、「藤山寛美新十八番箱-参」収納、第3カメラ担当

 

【同作品の我が「青春の缶詰め」】

昭和61年10月南座公演、TD/スイッチャー担当

 

一場 大阪南港の待合ロビー

【人物】

出稼ぎの客 加藤   :沢田 光生

南港勤務員 国本   :曽我廼家 文童

同 川上       :槙 宏樹

小荷物係 木村 修一 :中川 雅夫

旅行の夫 北野    :美山 昭次郎

売店の小母さん おつね:酒井 光子

その妻 藤子     :大路 美也子

乗船客 大山     :里見 たかし

乗船客 江田     :喜多 康樹

おつねの弟 安田平次郎:藤山 寛美

乗船客の長女 友江  :佐久良 国子

食堂女子勤務員 冴子 :滝 由女路

同 次女 美智子   :小緑 美重子

同 露子       :御園 恵美子

同 三女 鮎子    :松永 多代

同 雅子       :生島 康子

乗船客 A      :武田 茂雄

食堂主任 重田    :守田 秀郎

乗船客 B      :原田 介次

食堂調理士 市本   :渋谷 天笑

乗船客 C      :田代 博子

重田の妻 咲子    :御陵 多栄子

乗船客 D      :内山 栄一

篠原 君子      :四条 栄美

迎えに来ている男   :松田 寛

南港勤務員 後藤   :藤咲 賛多郎

同 女        :福田 美穂子

スナックのママ 花枝 :大津 十詩子

降船客 西山     :岩田 正

その夫 竹夫     :金乃 成樹

同 喜美川      :喜美川 竜八

乗船客、降船客    :多ぜい

【劇場中継制作スタッフ】

チーフ・プロデューサー   :香坂 信之

第1カメラ :岸田 功

プロデューサー&ディレクター:山田 直也

第2カメラ :安東 武史

アシスタント・ディレクター :北野 桂子

第3カメラ :田口 善敏

フロァ・ディレクター    :鍛冶 國義

音声    :和田 貢

フロァ・ディレクター    :横江 清

音声    :鈴木 輝彦

照明            :高田 悦夫

調整    :田中 茂高

メイク           :金森 美恵子

調整    :黒田 昌男

アナウンサー        :小松 昿代 

VTR   :熊倉 正彦

技術            :藤川 敏雄

車両    :赤井、上野、光岡

スイッチャー        :徳久 多久美

協力    :関東電機、榊原テレビ機配

【緞帳が降りて】

この芝居の作者・茂林寺文福は喜劇役者・曽我廼家十吾のペンネームであるが、元来喜劇役者にしろ、落語家にしろ、漫才師にしろ、その台本(ネタ)を書く人は多い。曽我廼家五郎は「一堺漁人」、曽我廼家十郎は「和老亭当郎」の筆名で、数多くの喜劇台本を書いているし、いまもなお松竹新喜劇で演じられている名狂言も少なくない。「幸助餅」「浪花の夢 宝の入船(旧題「宝の柏手」)」「はなの六兵衛」等は、多少の脚色はされているものの、一堺漁人の作であり優れた狂言である。また、二代目の渋谷天外は「館直志」のペンネームで、曽我廼家喜劇とは違った「おやじの女」「桂春団治」に代表されるような文芸名作を生み出している。

松竹新喜劇の座付き作者である米田亘さんが主宰する「曽我廼家喜劇 山椒の会」は、一堺漁人・作の名舞台を掘り起こし、今に伝える劇団であり、すでに5回の公演を行っている。米田亘さんは「藤山寛美十八番箱」に収納する作品選択と画質チェックのため、ライブラリーに保存されているすべての「松竹新喜劇」作品をプレビューし、添付されている小冊子の「解説」を執筆した。まさにこのような「解説」が出来る人は、松竹と言えども座付き作者の米田さんを除いては、他にいないのではあるまいか。

さて、茂林寺文福・作、平戸敬二・脚色の「愛の小荷物」であるが、大阪と徳島の小松島を結ぶフェリーの船着き場が舞台となっている。余談であるが、我が老妻は小松島の出身で、私の二人の息子は小松島の日赤病院で産まれた。従って、私もこの南港フェリー・ターミナルをよく利用した。昭和60年6月、四国4県県民悲願の関西圏最短ルート・鳴門大橋が完成するまでは、徳島ー大阪間を結ぶ航路として賑わっていたが、今はもう、その面影はない。小松島の港にいたってはJR小松島港支線は廃線となり、閑古鳥が鳴いている。

赤ん坊を置いて嫁に逃げられた南港の小荷物係(中川雅夫)と夫と赤子を交通事故で亡くした身寄りのない女(四条栄美)が、構内の売店で働く世話焼きのおばさん(酒井光子)に勧められて、おばさんが貰ったブドウ酒で三三九度の真似事までしてしまうと言う、今どき考えられないような筋書きだ。しかも、おばさんの弟(藤山寛美)はとんでもない作り話で、この仮祝言を妨害しようと企む。

そんな阿呆な、と思われる筋書きかも知れないが、いやいや、そうではない。昨今どんなところに行っても、授乳室という赤ん坊にお乳を飲ませる隔離された部屋があるが、松竹新喜劇が結成された半年後の昭和24年6月中座公演が、おそらく初演だと思うが、そんな時代に授乳室というような設備がある訳がない。公衆の面前で胸をはだけて我が子にお乳を与える光景は、いたるところで見られた。それは実の子であるから、当然のことである。

しかし、頼まれもしないのに、見知らぬ赤ん坊にお乳を飲ませる行為は、幼い乳飲み子を亡くしたばかりの若い母親が、泣叫ぶ他人の赤子を前にして、女親として見るに見かねて、とっさに起こしてしまった行動であろう。この南港の売店に働くおばさんにとっては、それは作者である茂林寺文福の気持ちでもあるが、痛く心を奪われる無償の愛と写ったにに違いない。その光景を抜きにして、この狂言の本質は語れない。

だからと言って、それが見たこともない赤子の親である男との結婚に結びつくとは、いかがなものか・・・? 確かにそうであろう。そうではあろうが、泣いた芝居の中に共感出来る現実があるならば、笑った芝居にも明日への活力があるのではないか。このような女性がいたとしても、誰がそれを否定出来るのだ。救いようのない気が滅入る芝居等、観たくもない。泣きと笑いの「松竹新喜劇」はハッピーエンド、それでいいのだ。

この狂言は、昭和24年6月中座公演が初演だと思われるが、その後も幾度となく演じられ、鳴門大橋が完成した1年後の昭和61年10月南座公演では座付き作者の米田亘さんが「補綴」し、稲垣治(藤山寛美さんの演出名)演出で「船に乗り遅れた女」として公演されている。主な役どころと制作スタッフを比較記録しておこう。

【主な人物】

昭和53年1月中座公演「愛の小荷物」

昭和61年10月南座公演「船に乗り遅れた女」

南港勤務員 国本   :曽我廼家 文童

南港勤務員 国本   :曽我廼家 八十吉

小荷物係 木村 修一 :中川 雅夫

小荷物係 木村 修一 :都築 謙次

売店の小母さん おつね:酒井 光子

-

おつねの弟 安田平次郎:藤山 寛美

菓子卸商 安田平次郎 :藤山 寛美

-

安田の妻 信子    :四条 栄美

食堂主任 重田    :守田 秀郎

食堂主任 重田    :小島 慶四郎

食堂調理士 市本   :渋谷 天笑

食堂調理士 市本   :曽我廼家 玉太呂

重田の妻 咲子    :御陵 多栄子

重田の妻 咲子    :滝 由女路

篠原 君子      :四条 栄美

三原 君子      :井上 英以子

-

信子の母親 房江   :酒井 光子

スナックのママ 花枝 :大津 十詩子

-

その夫 竹夫     :金乃 成樹

-

私の担当       :第3カメラ

私の担当       :スイッチャー

「愛の小荷物」と「船に乗り遅れた女」の役柄の違いは、こうだ。前作では港の売店で働く世話焼きのおばちゃんの役柄を、今回はおばちゃんを入院させ、代わりに出入りの「菓子卸商」の藤山寛美さんが演じている。この役柄の変更には、何の問題もない。主役だろうが、傍役だろうが、天下の喜劇役者・藤山寛美さんに出来ない役どころはない。しかし、問題は前回藤山さんが演じた役どころを、今回は四条栄美さんが演じなければならない苦しさである。また別項で“役者・四条栄美”論(?)を展開することになると思うので、詳しくは述べないが、このような役柄は、彼女の“最も苦手とする役柄”ではあるまいか。

【劇場中継スタッフ】 昭和61年10月南座公演「船に乗り遅れた女」

プロデューサー    :山田 直也

第1カメラ :坂口 拓磨

ディレクター     :香西 謙二(ビデオワーク)

第2カメラ :野村 武史

アシスタント・ディレクター:  ?

第3カメラ :上野 喜三男

フロァ・ディレクター   :  ?

音声    :木下 裕正

フロァ・ディレクター   :  ?

音声    :鈴木 輝彦

照明           :笠井 宏一

調整    :寺田 成桐

メイク          :金森 美恵子

マイクロ  :熊倉 正彦

アナウンサー       :小松 昿代(フリー)

車両    :西俣 忠信

技術/スイッチャー    :田口 善敏

技術協力  :関東電機、榊原テレビ機配    

制作協力  :ビデオワーク、松竹

マイクロとは、中継現場から本社までテレビ信号を送受信する装置、及びその担当者。生放送の場合は、必須の業務。劇場中継等の録画収録の場合、通常は中継車に搭載されたVTR装置に収録するが、この場合のように、中継収録番組が重なった時は、マイクロ担当者の判断によって、現場マイクロ送信・本社受信収録か、車載VTR収録が決められる。

マイクロと言う言葉は、劇場中継ではめったに使われないので、少し解説しておきたい。現場マイクロ送信・本社受信収録となれば、VTRテープをスタートさせる合図を送るために、現場中継車と本社VTR室との間にNTT専用電話回線が必要になる。専用電話回線をNTTに申請するためには、中継車駐車位置近辺のNTTの電柱番号が必須だが、よく見ておかないと、関西電力の電柱と間違えることがある。

現在はSNG(Satellite News Gathering)車から衛星へ送信して、衛星を経由したテレビ信号を本社で受信する方法があるが、主に報道局が使用しているため、制作番組で使うことはない。このような便利なシステムがなかった時代は、2段、3段と送受信を繰り返しながら、テレビ信号を本社まで繋いでいた。隔世の感がありますね。(2007年8月10日、記)

 

 

私のおもちゃ箱 目次

「藤山寛美十八番箱」 我が「青春の缶詰め」口上

私が収録に関わった「松竹新喜劇」の全狂言  

「おやじの女」、他


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