道頓堀の中座が爆発炎上

〜 私たちの道場であった、あの芝居小屋が・・・ 〜

 

平成14(2002)年9月15日

私は「松竹新喜劇」劇場中継のカメラマン・スイッチャーとして、昭和46(1971)年2月の道頓堀・中座公演に初参加した。記念すべき「松竹新喜劇」劇場中継・第3カメラ操作の演目は、「夢を信じた青年」である。その後数々の松竹新喜劇の名作を知ることになるが、「夢を信じた青年」は新喜劇と言うよりも新劇に近い芝居であった。以来昭和63(1988)年11月、新設された映像技術管理部に異動するまで、17年間にわたって「松竹新喜劇」の劇場中継に関わって来た。

いわば私達の道場であった「道頓堀の中座」が、平成14(2002)年9月9日早朝、解体工事のガス管のガス抜き作業中に、引火爆発し全焼した。中座の南側にあった「法善寺横町」界隈の店鋪も延焼し、合わせておよそ950平方mが焼失した。

「道頓堀・中座」は、江戸時代初期の1652年頃にできた「中之芝居」が前身で、弁天座、朝日座、角座、浪花座と共に「道頓堀五座」と呼ばれ、大劇場として栄えた。大正9(1920)年、松竹の経営となり改築、歌舞伎の中村鴈治郎さんらが活躍した。昭和20(1945)年、空襲の為焼失し、私たちが親しんだ現在の建物は昭和23(1948)年に完成した。松竹新喜劇や上方歌舞伎の本拠地となり、最後の天才喜劇役者・藤山寛美さんを初めとした名優を生み出した。

平成9(1997)年、松竹の再開発計画で貸し劇場となったが、老朽化や観客数の減少などで、平成11(1999)年10月に閉館。東京の不動産管理会社へ48億円で売却され、取り壊し工事中であった。

すでに閉館し営業を停止していた中座ではあったが、このような形で、中座の終焉を迎えようとは思いもしなかった。旧「道頓堀・中座」にあった破風や緞帳、桟敷きの欄干等の内部装飾は、すでに福井県板井郡丸岡町の(財)丸岡町文化振興事業団に譲渡されている。丸岡町では将来丸岡城周辺に、町民文化ホール建設を予定しており、その建物のステージに中座の破風を設置する、とか。

最後の天才喜劇役者・藤山寛美さんが亡くなり、今年は早くも十三回忌。各地の劇場で追善公演が行われている。数々の名舞台を支えてきた「中座の舞台空間」は、今やただの建築物と化して取り残されていた。座して待つよりも、の思いから、自ら火を放って、最後の抵抗を試みたような気がしてならない。

朝日新聞ニュース「道頓堀の旧中座で火事」  http://www.asahi.com/national/update/0909/001.html

朝日新聞ニュース「中座が焼失、老舗も打撃」   http://www.asahi.com/osaka/020909i.html

京都新聞ニュース「中座が爆発炎上」

http://www.kyoto-np.co.jp/kp/topics/2002sep/09/K20020909MKB1O100000013.html

日刊スポーツ新聞「中座炎上消失」  http://www.nikkansports.com/news/entert/p-et-tp0-020910-09.html

中座の「破風」復活  http://www.pref.fukui.jp/kankoushinkouka/hotline/hotline12_27.html

破風を受け継いだ丸岡町   http://mytown.asahi.com/fukui/news01.asp?kiji=2110

問合先: 財団法人 丸岡町文化振興事業団

〒910−0298 福井県坂井郡丸岡町霞町1−27

TEL 0776(67)5100 FAX 0776(67)4747

劇場のある街   http://www.osaka-cpa.or.jp/html/syuppan/soft/soft274.html

法善寺ホームページ   http://www7.ocn.ne.jp/~houzenji/

道頓堀ネット   http://www.dotonbori.net/houzenji/

私のおもちゃ箱 目次  

甦る「松竹新喜劇」の名舞台 我が青春の缶詰め  

我が家の小太郎 〜永遠の逃亡者〜