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2005年8月12日 本邦初公開
「いてまえ打線」の残り火・中村ノリの獲得を止めた瀬戸山社長に贈る恨み節「目ン無い社長」
【MIDI 音源】 「目ン無い千鳥」 昭和15年(1940)年
替え歌「目ン無い社長」
田口 善敏 補作詞
目ン無い社長の 高いびき
見えぬその目が いたわしや
曇る今年の 日本一
誰の科(とが)やら 罪じゃやら
ノリに乱れる 思い出は
過ぎし月日の “いてまえ”か
まわす打順の その中に
ベニーズレータ ノリは居ぬ
雨の夜更けに 飲む酒が
五臓六腑に 沁みてゆく
ノリはだめだめ ノリはだめ
勝ちの扉が また閉じる
目ン無い社長の 寂しさは
いつか切られる 雇われか
青春(はる)の盛りの 若い星
期待するよと 来ぬか雨
霧島昇、ミス・コロムビアの「目ン無い千鳥」元歌
サトウハチロー 作詞
目ン無い千鳥の 高島田
見えぬ鏡に いたわしや
曇る今宵の 金屏風
誰の科(とが)やら 罪じゃやら
千々に乱れる 思い出は
過ぎし月日の 糸車
まわす心の 杯に
紅はさしても 晴れぬ胸
雨の夜更けに 弾く琴が
白い小指に 沁みてゆく
花が散る散る 春が逝く
胸の扉が また濡れる
目ン無い千鳥の 寂しさは
切れてはかない 琴の糸
青春(はる)の盛りの 若い葉に
咽(むせ)び泣くよな 小糠(こぬか)雨
【解説】今オフに自由契約となった中村ノリに対し、2007年1月17日には「条件次第では獲得の意志あり」と発言した千葉ロッテ瀬戸山球団社長は翌日、いともあっさりと前言を撤回した。「ズレータ内野手の獲得で今季の補強は終了した」と重ねて発言しての「高いびき」。甘いなあ、瀬戸山はん!!! この布陣ではたして万全の体勢であろうか。「いてまえ打線」の中核であった中村ノリは、まだまだ主軸を打てるバッターである。今江と守備位置が重なるが、若い今江を外野にコンバートすれば何の問題も無い。本来は打てる助っ人外野手が欲しいのだが、ボビーのスカウト能力も選択眼もアテには出来ない。となると、自由契約となった中村ノリの長打力に目を着けるのは当然である。今江の外野コンバートは、甘ったれた今江を鍛える一石二鳥のいいチャンスだったのだが・・・。「目ン無い社長」の瀬戸山さんじゃ、「若い星に期待するよ」と言っても、今年もフラッグは「来ぬか」。(2007/01/19)
「パナマの怪人」フリオ・ズレータの入団を祝う心の応援歌「ソフトバンクが痛コ笠」
【MIDI 音源】 「潮来笠」 昭和35年(1960)年
替え歌「ソフトバンクが痛コ笠」
田口善敏 補作詞
パナマのズレータ ちょっと見なれば 薄情そうな 渡り鳥
それでいいのさ あの移り気な
風が吹くまま 千葉ロッテ
いまにヨー 今にソフトが 痛コ笠
外野の守備位置 ちらつくようじゃ
猫の目打線は 重かろに
わけはきくなと 笑ってみせる
太い二の腕 腕まくり
いまにヨー 今にソフトが 痛コ笠
千葉のマリンで いままた知った
ロッテファンの 胸の底
ここは幕張 房総灘の
沖まで飛ばすぞ ホームラン
いまにヨー 今にソフトが 痛コ笠
橋幸夫さんの「潮来笠」元歌
佐伯 孝夫 作詞
潮来の伊太郎 ちょっと見なれば 薄情そうな 渡り鳥
それでいいのさ あの移り気な
風が吹くまま 西東
なのにヨー なぜに眼に浮く 潮来笠
田笠の紅緒が ちらつくようじゃ
振り分け荷物 重かろに
わけはきくなと 笑ってみせる
粋な単衣の 腕まくり
なのにヨー 後髪引く 潮来笠
旅空夜空で いまさら知った
女の胸の 底の底
ここは関宿 大利根川へ
人にかくして 流す花
だってヨー あの娘川下 潮来笠
【解説】いゃあ、やりましたねぇ。まさかあのズレータが千葉ロッテに移籍して来るとは・・・。まったく驚きです。しかし、何故ソフトバンクと決裂したのでしょうね。金銭問題であれば、それはソフトバンクに在籍した方がよかったのではないでしょうか・・・。考えられることは彼の持つ退場体験です。王監督は暴力沙汰を最も嫌う人格者です。当時ズレータが「私の事を助けてくれない」と、ソフトバンク・ナインのことを嘆いていた記事を思い出しました。千葉ロッテの選手にないアグレッシィブな性格は、野球選手に必要な要素です。これは大きな補強となりましたね。今から楽しみなシーズンになります。(2006/12/29)
サイテーの成績となった4年目バレンタイン監督に贈る恨み節「チャンチャラ・ボビー」
【MIDI 音源】 「チャンチキおけさ」 昭和32(1957)年
替え歌「チャンチャラ・ボビー」
田口善敏 補作詞
月がわびしい ベイタウン 屋台の酒の ほろ苦さ
ボビーひとりが 小皿叩いて
チャンチャラ・ボビー
ボビー切なや やるせなや
コネチカットの あのメアリー
達者でいてか 飼い犬は
すまぬすまぬと 詫びて今夜も
チャンチャラ・ボビー
ボビーボビーで 身をせめる
故郷を出る時 持って来た
大きな夢の V2を
そっと比べて もらすため息
チャンチャラ・ボビー
ボビー涙で くもる月
三波春夫さんの「チャンチキおけさ」元歌
門井 八郎 作詞
月がわびしい 露地裏の 屋台の酒の ほろ苦さ
知らぬ同志が 小皿叩いて
チャンチキおけさ
おけさ切なや やるせなや
一人残した あのむすめ
達者でいてか お袋は
すまぬすまぬと 詫びて今夜も
チャンチキおけさ
おけさおけさで 身をせめる
故郷を出る時 持って来た
大きな夢を さかずきに
そっと浮かべて もらすため息
チャンチキおけさ
おけさ涙で くもる月
【解説】2006年度シーズンの成績は65勝70敗1分で、ボビー来日以来サイテーの勝率である。日本一、いやアジア一から一転、Bクラスという「シンジラレナーイ」弱いチームに変身した。もうこれ以上の解説は不要であろう。(2006/12/07)
日本野球のヒルマン監督と米国ベースボールのバレンタイン監督は、一体どちらが優れているのか???
【MIDI 音源】 「浪曲子守唄」 昭和38(1963)年
替え歌「ねぇボビー子守唄」
田口善敏 補作詞
逃げたスンヨプにゃ 未練はないが 長打ほしがる ファンがかわい
送りバントは にがてな俺だが
馬鹿な男の 裏目策
一つ聞かそか ねぇボビー
(セリフ)
「そりゃ・・・下手なこの俺を監督にもつチームはふびんなものよ。泣くんじゃネエ、泣くんじゃネエよ。あんな薄情なアジアの大砲を呼んでくれるな、おい等も泣けるじゃねえか。ささ、みんな、忘れようぜ」監督渡世の おいらが賭けた
たった一度の 日本一
大リーガーなど 連れては来れぬが
詫びる心の 千葉マリン
二つ聞かそか ねぇボビー
どこも似てない ヒルマン野球
解ってくれるか ふびんなロッテ
幕張カモメよ 噂は言うなよ
俺も忘れて また来季
三つ聞かそうか ねぇボビー
一節太郎さんの「浪曲子守唄」元歌
越 純平 作詞
逃げた女房にゃ 未練はないが お乳ほしがる この子がかわい
子守唄など にがてな俺だが
馬鹿な男の 浪曲節
一つ聞かそか ねんころり
(セリフ)
「そりゃ・・・無学なこの俺を親にもつお前はふびんな奴さ。泣くんじゃネエ、泣くんじゃネエよ。あんな薄情なおっ母さんを呼んでくれるなおい等も泣けるじゃねえか。ささ、いい子だ、ねんねしな」土方渡世の おいらが賭けた
たった一度の 恋だった
赤いべべなど 買うてはやれぬが
詫びる心の 浪曲節
二つ聞かそか ねんころり
どこか似ている めしたき女
抱いてくれるか ふびんなこの子
飯場がらすよ 噂は言うなよ
俺も忘れて 浪曲節
三つ聞かそうか ねんころり
【解説】2006年11月12日、ヒルマン日本ハムがパリーグ優勝、日本シリーズ優勝に引き続き、第二代目のアジアチャンピオンに輝いた。一方この日、千葉ロッテは本拠地・千葉マリンで「ファンフェスト06」を開催したが、このイベントに対し「ファンとの直接交流がない」とボビーはブチギレ。「ちょっと選手とファンの距離がありすぎたかな!」と、サブロー自身も本人のブログ「サブローグ」でコメントしている。で、怒ったボビーは午前10時から午後3時まで昼飯も喰わず、1塁側ベンチの上で5,000人にサインを続けたらしい。今季の千葉ロッテベンチの雰囲気が伝わって来るようなニュースだね。米国ベースボール球界におけるヒルマンとボビーの監督歴には大きなキャリアの差があるが、日本野球界における実力は果たしてどちらが優れているのであろうか。両監督はその采配に対照的なものがある。不動のスタメンと猫の目打線、1点を取りに行く緻密な野球と選手の不調は無視する攻撃的なベースボール。日本の野球と米国のベースボールとの違いと言うには、余りにも違い過ぎる両監督の采配。どうやら来季のヒルマン大リーグ監督復帰の夢はなくなったようだが、この対照的な両外人監督の対戦は、新参者コリンズ監督の采配と共に、パリーグの見どころのひとつだろう。改めてボビーの戦力掌握管理能力を拝見したい。将来の千葉ロッテにひとつ心配なことがある。それはポスト・バレンタインの千葉ロッテ野球だ。(2006/11/13)
骨折治療中の福浦内野手に贈る心の応援歌「福浦さんよ」
【MIDI 音源】 「船方さんよ」 昭和32(1957)年
替え歌「福浦さんよ」
田口善敏 補作詞
オーイ福浦さん 福浦さんよ マリンで呼ぶ声 聞こえぬか
Mの帽子が 見えないか
エンヤサーと 治して
止めておくれよ 連敗を
連敗を
オーイ福浦さん 福浦さんよ
夕べメールで 伝えたは
拙攻続きの 千葉ロッテ
イテテテーと 骨折
後は黒星 つれなかろ
つれなかろ
オーイ福浦さん 福浦さんよ
3割目標を 忘れずに
焦る気持ちを 起こさずに
エンヤサーと 回復
千葉のマリンに 来ておくれ
来ておくれ
三波春夫さんの「船方さんよ」元歌
門井八郎 作詞
オーイ船方さん 船方さんよ 土手で呼ぶ声 聞こえぬか
姉さかぶりが 見えないか
エンヤサーと 回して
止めておくれよ 船足を
船足を
オーイ船方さん 船方さんよ
夕べ一節 聞かせたは
河原すすきの つなぎ舟
エンヤサーと 帆をあげ
後は白波 つれなかろ
つれなかろ
オーイ船方さん 船方さんよ
月の出潮を 忘れずに
早寝千鳥を 起こさずに
エンヤサーと 流して
人目しのんで 来ておくれ
来ておくれ
【解説】2006年7月16日の西武戦、L小野寺から左手甲に死球を受けた福浦は、検査の結果「左第2中手骨はく離骨折で全治2〜4週間」と診断され、オールスター戦の出場を辞退した。同時にベニーも15日の西武戦で右ひざを痛め、「右ひざ内外側半月板損傷」と診断され、半月板鏡視下手術を受けた。交流戦後半から調子を落とした千葉ロッテは、かろうじて交流戦V2を達成したが、その後首位の座を明け渡すやズルズルと後退を続けていた。オールスター戦以降は3番福浦、4番ベニーの「飛車角」を欠いたまま終盤に突入してBクラスに転落。8月3日、西武に逆転負けを喫し、ついに自力での1位は不可能となった。主力を欠けば当たり前のことだが、それに代わる選手が現れない選手層の薄さ。もう今季は4位が定位置であろう。福浦とベニーの早期回復を願い、三波春夫さんの「船方さんよ」替え歌「福浦さんよ」をお贈りします。
千葉ロッテに贈る心の恨み節「かなりや、なぁ」
【MIDI 音源】 小学唱歌「かなりあ」 大正8(1919)年、「赤い鳥」5月号発表
替え歌「かなりや、なぁ」
田口善敏 補作詞
勝ちを忘れた 千葉ロッテは 後の海に 棄てましょか
いえいえそれは なりませぬ
勝ちを忘れた 千葉ロッテは
背戸の小薮に 埋めましょか
いえいえそれも なりませぬ
勝ちを忘れた バレンタインは
柳の鞭で ぶちましょか
いえいえそれは かわいそう
勝ちを忘れた 千葉ロッテは
象牙の船に 銀の櫂
月夜の海に 浮かべれば
忘れた勝ちを おもいだす
小学唱歌「かなりあ」元歌
西條八十 作詞
唄を忘れた 金絲雀は 後の山に 棄てましょか
いえいえそれは なりませぬ
唄を忘れた 金絲雀は
背戸の小薮に 埋めましょか
いえいえそれも なりませぬ
唄を忘れた 金絲雀は
柳の鞭で ぶちましょか
いえいえそれは かわいそう
唄を忘れた 金絲雀は
象牙の船に 銀の櫂
月夜の海に 浮かべれば
忘れた唄を おもいだす
【解説】2006年7月26日(水)、オールスター戦直後のソフトバンク戦にサヨナラ負けを喫し、4連敗中。首位西武とは7ゲーム差、4位の日本ハムとも3.5ゲーム差となり、どうやら今季の結果も見えつつある。先発の小林宏が好投しているにもかかわらず、打線が全く機能していない。ソフトバンクの左腕・和田に右打者を揃えるのは判るが、スタメン・パスクチはないやろう。左のワトソンの方が、まだましや。1塁の守備ぐらい出来るよ。最終回の継投も、小林宏から薮田ではなく、藤田を挟んで薮田にして欲しかった。ボビーのマジックも、ネタ切れですね。
千葉ロッテに贈る心の恨み節「ボビーの夢はいつひらく」
【MIDI 音源】 「圭子の夢は夜開く」 昭和45(1970)年
替え歌「ボビーの夢はいつひらく」
田口善敏 補作詞
黒く咲くのは ビジターで 白く咲くのは 千葉マリン
どう咲きゃいいのさ この私
夢はいつひらく
十五 十六 十七と
ロッテの足取り 暗かった
過去はどんなで あったとて
夢はいつひらく
昨日ワトソン 今日ベニー
明日は青野か 大松か
外野コロコロ 入れ代わり
夢はいつひらく
夜咲くピッチャーは 嘘(うそ)の花
夜飛ぶバッターも 嘘の花
嘘を肴(さかな)に 酒をくみゃ
夢はいつひらく
前を見るよな 柄じゃない
うしろ向くよな 柄じゃない
よそ見してたら 定位置だ
夢はいつひらく
一から九まで 日替わりで
打順にゃ不満は ないけれど
忘れそうだよ この打席
夢はいつひらく
夢はいつひらく
藤圭子さんの「圭子の夢は夜ひらく」元歌
石坂まさを 作詞
赤く咲くのは けしの花 白く咲くのは 百合の花
どう咲きゃいいのさ この私
夢は夜ひらく
十五 十六 十七と
私の人生 暗かった
過去はどんなに 暗くとも
夢は夜ひらく
昨日マー坊 今日トミー
明日はジョージか ケン坊か
恋ははかなく 過ぎて行き
夢は夜ひらく
夜咲くネオンは 嘘(うそ)の花
夜飛ぶ蝶々も 嘘の花
嘘を肴(さかな)に 酒をくみゃ
夢は夜ひらく
前を見るよな 柄じゃない
うしろ向くよな 柄じゃない
よそ見してたら 泣きを見た
夢は夜ひらく
一から十まで 馬鹿でした
馬鹿にゃ未練は ないけれど
忘れられない 奴ばかり
夢は夜ひらく
夢は夜ひらく
【解説】2006年7月10日(月)、5連敗中のオリックスに2連敗した千葉ロッテに「背番号26.5宣言」を布告。一投一打に一喜一憂する感情移入を止め、もっと気楽に野球を楽しもうと考えた。勝もよし、負けるもよし、たかが野球じゃないか。負けたらそれは千葉ロッテが下手な野球をやっているからだ。31年ぶりにしか日本一になれないチームが2連覇等とはおこがましい。元々Bクラスが定位置じゃないか。
千葉ロッテ、目指せ交流戦V2!!!
【MIDI 音源】 「王将」 昭和36(1961)年
替え歌「優勝(交流戦V2)」
田口善敏 補作詞
吹けば飛ぶような スタメン表に 懸けた命を 笑わば笑え
マリン幕張 房総灘の
月も知ってる ボビーの意気地
あの手この手の 思案を胸に
ボビーマジックで 今年も行くぞ
愚痴も言わずに ロッテの選手
作る笑顔が いじらしい
明日は甲子園に 出て行くからは
何が何でも 勝たねばならぬ
虎に引導 六甲颪(おろし)
ボビーの闘志が また燃える
村田英雄さんの「王将」元歌
西條八十 作詞
吹けば飛ぶような 将棋の駒に 懸けた命を 笑わば笑え
生まれ浪花の 八百八橋
月も知ってる おいらの意気地
あの手この手の 思案を胸に
破れ長屋で 今年も暮れた
愚痴も言わずに 女房の小春
作る笑顔が いじらしい
明日は東京に 出て行くからは
何が何でも 勝たねばならぬ
空に燈が付く 通天閣に
俺の闘志が また燃える
【解説】2006年6月18日(日)、第4戦小林宏、第5戦清水が序盤に大量失点し、連敗して迎えた古田ヤクルトとの交流第6戦、3タテを喰らえばヤクルトの交流戦優勝が決まる。初回に2点を先制したものの、案の定先発渡辺俊は3回に4失点、4回に1失点して逆転を許した。雨の為試合開始を1時間遅らせてのV2決戦であったが、雨脚はだんだんひどくなった5回、1点を返してなお2死満塁、出ました、出ました、お祭り男・里崎の逆転満塁アーチ!!! 神宮の森にドでかく打ち上げた里崎の花火は、交流戦V2を目指す千葉ロッテが、崖っ淵から生還した瞬間であった。千葉ロッテは甲子園での対阪神戦を残すのみ、一方のヤクルトは本拠地神宮に陣取り、無敗の楽天、勝ち越している日ハムと、組み易い相手を残している。ヤクルトが連勝し、千葉ロッテが阪神に負ければ、交流戦の二代目王者はヤクルトに決定する。千葉ロッテ、ここは負けられない、負けてはいかん試合なのだ!!! そんな訳で、千葉ロッテを応援する替え歌「優勝(交流戦V2)」が誕生した。
無死満塁に後続5番フランコ、6番ベニー、7番橋本の代打・里崎、3者連続3打者がいずれも空振り三振、
打たない、打てない、打つ気ないマリンガン打線を嘆く恨み節「降雨コールド負けブルース」
【MIDI 音源】 「雨のブルース」 昭和13(1938)年
替え歌「降雨コールド負けブルース」
田口善敏 補作詞
雨よふれふれ マリンを 流すまで
どうせ凡打と 三振
夜毎なげく身は
ああ かえり来ぬ
マリンガンの打線
すすり泣く 千葉の雨よ
くらい打線に
うらぶれ 果てし身は
雨のマリンを とぼとぼ
成瀬さまよえど
ああ かえり釆ぬ
マリンガンの打線
ふりしきる 千葉の雨よ
淡谷のり子さんの「雨のブルース」元歌
野川香文 作詞
雨よふれふれ なやみを 流すまで
どうせ涙に 濡れつつ
夜毎なげく身は
ああ かえり来ぬ
心の青空
すすり泣く 夜の雨よ
くらい運命に
うらぶれ 果てし身は
雨の夜路を とぼとぼ
ひとりさまよえど
ああ かえり釆ぬ
心の青空
ふりしきる 夜の雨よ
【解説】前作「ボビーのワルツ」発表直後から一転、千葉ロッテは広島・横浜・中日の3カードすべてに連勝し、リーグ戦と交流戦の首位の座を奪った。が、交流戦初戦に2連敗した阪神にまたまた2連敗し、昨年の日本シリーズでは4タテを喰らわした阪神に、ナント4連敗してしまったのだ。リーグ戦はかろうじて首位だが、交流戦では3位にズルズルと降りしきる雨の中を後退。先発左腕・成瀬が4失点したとはいえ、無死満塁の好機に主力3人がことごとく空振り三振、その後の2死満塁でも空振り三振に倒れるタイムリー欠乏打線に、怒り心頭の嘆き節が出来上がった。繋ぐスモール野球の象徴であったマリンガン打線は、いつ戻って来るのであろうか。(2006/05/25)
踊る監督、踊らぬ選手。観なけりゃよかった、今夜のゲーム! 千葉ロッテを嘆く恨み節「ボビーのワルツ」
【MIDI 音源】 「芸者ワルツ」 昭和27(1952)年
替え歌「ボビーのワルツ」
田口善敏 補作詞
あなたのリードで スタンドゆれる ボビー・ダンスの 悲しさよ
みだれる守備も はずかしゲーム
ボビーのワルツは 敗戦ワルツ
たまには打ってよ 重症ロッテ
変に重たい 貧打線
観なけりゃよかった 今夜のゲーム
これがロッテの 力でしょうか
下手なゲームを 観た悲しさに
呑んだら酔ったわ 狂ったわ
今夜はせめて 解放してね
どうせ1位にゃ なれないチーム
気強くあきらめ 腹立つ夜は
更けて涙の 通り雨
遠く泣いてる 幕張かもめ
負けた辛さが 身にしみるのよ
神楽坂はん子さんの「芸者ワルツ」元歌
西条八十 作詞
あなたのリードで 島田もゆれる チーク・ダンスの なやましさ
みだれる裾も はずかしうれし
芸者 ワルツは 思い出ワルツ
空には三日月 お座敷帰り
恋に重たい 舞い扇
逢わなきゃよかった 今夜のあなた
これが苦労の はじめでしょうか
あなたのお顔を 見たうれしさに
呑んだら酔ったわ 踊ったわ
今夜はせめて 介抱してね
どうせ一緒にゃ くらせぬ身体
気強くあきらめ 帰した夜は
更けて涙の 通り雨
遠く泣いてる 新内流し
恋の辛さが 身にしみるのよ
【解説】(西村小楽天風に)歌は世に連れ、世は歌に連れ。驚くべき戦後復興の世相を、平成の御代まで伝えて半世紀、神楽坂はん子珠玉の名曲が今ここに甦る。千葉ロッテ監督、コーチ、選手の皆さん、チャチャチャもいいけど、やっぱりワルツ。ワルツワルツは思い出ワルツ。千葉のロッテはどこワルツ・・・。サブローワルツか、堀ワルツ、大塚明もワルツだねぇ。ゴールデンウィーク終盤の2006年5月6日、前日の敗戦も気にせず、ボビーは軽やかにステップを踏んだ。思えばこれが2年ぶり5連敗への足音だった。どこまで続く泥濘ぞ。無死満塁にもタイムリーが出ない重症貧打線。堀、サブロー、大塚は1割台の打率に喘ぎ、清水、渡辺俊をしても勝てない低迷千葉ロッテ。負けた辛さが、身にしみるのよ・・・。(2006/05/12)
日本一に輝いた千葉ロッテ戦士の誇りを捨て、巨人になびいた李スンヨプの明日は・・・。
【MIDI 音源】 「大利根月夜」 昭和14(1939)年
替え歌「思い出のマリスタ月夜」
田口善敏 補作詞
あれを御覧と 指差す方に 江戸のドームを ながれ月
昔笑うて ながめた月も
今日は 今日は涙の 顔で見る
愚痴じゃなけれど 世が世であれば
千葉のマリンの お立ち台
男イスンヨと もてはやされて
今じゃ 今じゃ浮世を イースタン
もとをただせば 韓国育ち
腕は自慢の アジア王
何が不足で 多摩川ぐらし
千葉じゃ 千葉じゃ仲間が 待つものを
田端義夫さんの「大利根月夜」元歌
藤田まさと 作詞
あれを御覧と 指差す方に 利根の流れを ながれ月
昔笑うて ながめた月も
今日は 今日は涙の 顔で見る
愚痴じゃなけれど 世が世であれば
殿のまねきの 月見酒
男平手と もてはやされて
今じゃ 今じゃ浮世を 三度笠
もとをただせば 侍育ち
腕は自慢の 千葉仕込み
何が不足で 大利根ぐらし
故郷じゃ 故郷じゃ妹が 待つものを
【解説】スンヨプのセリーグでの活躍を祈る。巨人という人気チームは、千葉ロッテのように待ってはくれない。すぐに結果を求められる。お前は巨人移籍した選手の過去を知らないだけだ。外様で成功した人は、誰がいる.??? ましてや千葉ロッテから移籍して成功した人は誰もいない。その歴史を覆す選手は・・・、小坂・・・、うーん、どうだろうねえ。。そのうちに尾羽打ち枯らし、千葉マリンの月が恋しくなるだろうが、多摩川でも月だけは見える。千葉ロッテに李スンヨプという選手がいたことだけは憶えておこう。さらば、スンちゃん!!!(2006/01/19)
苦節31年、日本一に輝いた千葉ロッテ戦士の名手・小坂が金銭トレード。それはないだろうよ、瀬戸山さん・・・。
【MIDI 音源】 「東京の灯よいつまでも」 昭和39(1964)年
替え歌「マリスタの灯を いつまでも」
田口善敏 補作詞
雨の幕張 夜霧のマリン 今もこの目に 小坂が浮かぶ
君はどうして ジャイアンツ
あゝマリスタの灯を いつまでも
すぐに忘れる ロッテもあろう
あすを夢みる 巨人もあろう
名手小坂の アルバムに
あゝマリスタの灯を いつまでも
花のショートよ 華麗な走り
急な別れに ことさら泣けた
いとしロッテの 二遊間
あゝマリスタの灯を いつまでも
新川二郎さんの「東京の灯よ いつまでも」元歌
藤間哲朗 作詞
雨の外苑 夜霧の日比谷 今もこの目に やさしく浮かぶ
君はどうして いるだろか
あゝ東京の灯よ いつまでも
すぐに忘れる 昨日もあろう
あすを夢みる 昨日もあろう
若い心の アルバムに
あゝ東京の灯よ いつまでも
花の唇 涙の笑顔
淡い別れに ことさら泣けた
いとし羽田の あのロビー
あゝ東京の灯よ いつまでも
【解説】2005年12月21日、千葉ロッテファンに衝撃が走った。あの名ショート小坂を巨人に金銭トレードするというニュースだ。それはないだろう、瀬戸山さん!!! 今季確かに西岡が育ち、1本立ちしたとはいえ、まだまだ小坂に学ぶところは多い。二塁手堀の年齢を考えるならば、小坂と西岡と堀の二遊間併用は当然でしょう。有能なルーキー根元が入団したとはいえ経験はないし、ましては渡辺正と塀内の控えでは少し心もとない。2ケタ勝利の左腕セラフィニとの契約を早々に諦め、ここでまた小坂を金銭トレードで放出するとは、一体どういうことだ。金銭トレードということは、補強目的ではなく年俸高騰対策であろうが、それならばスンヨプを切るべきであろう。彼の年俸は小坂の倍だ。しかし、巨人が彼に食指を動かさなかったことが、小坂の金銭トレードに繋がったのであろう。小坂が戦力外であるのならば仕方がないが、31年ぶりの日本一の原動力になったひとりではないか。高く売れる時に売れ。千葉ロッテ球団が選手育成に自信を持ったことの現れか??? 小坂のセリーグでの活躍を祈るのみ。新川二郎さんの「東京の灯よいつまでも」は、東京モノレールが開業し、東京オリンピックが開催され、名神高速道路、東海道新幹線が開通し、都はるみさんが「涙の連絡船」、井沢八郎さんは「あぁ上野駅」を歌い、国鉄の金田正一(元ロッテオリオンズ監督。31年前の日本一監督)さんが巨人に移籍し、6年後の大阪万博を控えた日本が、高度成長期に向かう時期のヒット曲である。翌年東京を去った私にとっても懐かしい一曲。
苦節31年、日本一に輝いた千葉ロッテ戦士に捧げる感謝の応援歌「憧れの日本一だ」
【MIDI 音源】 「憧れのハワイ航路」 昭和23(1948)年
替え歌「憧れの日本一だ」
田口善敏 補作詞
晴れぬ空 込める霧 千葉のマリスタ 虎の音(ね)悲し
起こるコールを 笑顔で聴けば
31年 遥かな月日
ああ 憧れの 日本一だ
甲子園 レフト席
染めた声援 阪神沈む
一人座席で ビールを飲めば
歌も流れる あの応援歌
ああ 憧れの 日本一だ
とこしえに 王者たれ
騒ぐマリサポ コバマサ拳
夢も通うよ あのドリームが
歓喜極まり ボビーが舞うよ
ああ 憧れの 日本一だ
岡晴夫さんの「憧れのハワイ航路」元歌
石本美由紀 作詞
晴れた空 そよぐ風 港 出船の ドラの音(ね)愉(たの)し
別れテープを 笑顔で切れば
希望はてない 遥かな潮路
ああ 憧れの ハワイ航路
波の背を バラ色に
染めて真赤な 夕陽が沈む
一人デッキで ウクレレ弾けば
歌もなつかし あのアロハオエ
ああ 憧れの ハワイ航路
常夏の 黄金月(こがねづき)
夜のキャビンの 小窓を照らす
夢も通うよ あのホノルルの
椰子の並木路 ホワイトホテル
ああ 憧れの ハワイ航路
【解説】2005年10月26日午後9時36分、幕張の防波堤・小林雅ことコバマサのガッツポーズで、千葉ロッテ31年ぶりの日本一が決定した。永い永い間待たされた「憧れの日本一」の瞬間である。2005年日本シリーズは、千葉ロッテが阪神の本拠地甲子園で、圧倒的な強さを誇示して終幕した。目前に展開されるボビーの胴揚げは、間接的な映像ではなく、我が網膜に直接焼き付けられた光景であった。初戦千葉マリンスタジアム(マリスタ)は突如発生した霧の為、7回コールドとはなったが、阪神の度胆を抜く10対1の大差。第2戦も10対0の大差。場所を甲子園に移した第3戦でも、千葉ロッテの猛打は爆発し、3試合連続の2ケタ得点の実力を全国の野球ファンに見せつけることとなった。そして第4戦、私にとっては31年前の名古屋球場に続き2回目の日本シリーズ観戦となる甲子園。かって私の仕事場でもあった甲子園。この地に我が愛する千葉ロッテが阪神を相手に日本シリーズを戦うとは、想像だにしなかったことである。当日の観客数は47,810と発表されているが、左翼上段の端っこに閉じ込められ、必死に声援を贈る千葉ロッテ「26番目の戦士たち」は、何名いたのであろうか。おそらく千数百名ではなかろうか。しかし、その圧倒的な阪神ファンの包囲網にも負けず、「26番目の戦士たち」は終始声援を送り続けた。見事と言うしかない。彼等もバレンタイン監督、コーチ、選手、球団関係者と共に、この日本シリーズを戦っているのだ。そして、その夢を現実のものとしたのだ。「BUILDING OUR DREAM!(夢をみんなで)」 31年の歳月を超えて正夢となった。
苦節31年パリーグを制覇した千葉ロッテ戦士に捧げる感謝の応援歌「紀元2005年」
【MIDI 音源】 「紀元二千六百年」 昭和14(1939)年
替え歌「紀元2005年」
田口善敏 補作詞
金糸(きんし)輝く パリーグの 栄(はえ)あるフラッグ 身にうけて
いまこそ祝え この朝(あした)
紀元は2005年
ああ マリーンズがパを制す
歓喜あふるる 千葉ロッテ
しっかと我等 支えつつ
はるかに過ぎし 31年
紀元は2005年
ああ マリーンズがパを制す
球界再編 ただ一つ
揺るがぬチーム 生立ちし
ファンは集い 火と燃えて
紀元は2005年
ああ マリーンズがパを制す
間奏
戦士豊けき マリーンズが
王ホークスを 蹴散らして
世紀の王者 また新(あらた)
紀元は2005年
ああ マリーンズがパを制す
ボビー凛たる 指揮の下(もと)
常勝ロッテ うち建てん
力と意気で 虎倒す
紀元は2005年
ああ 虎退治日本一
紀元2600年奉祝会選定「紀元二千六百年」元歌
増田好生 作詞
金鵄(きんし)輝く 日本の 栄(はえ)ある光 身にうけて
いまこそ祝え この朝(あした)
紀元は二千六百年
ああ 一億の胸はなる
歓喜あふるる この土を
しっかと我等 踏みしめて
はるかに仰ぐ 大御言(おおみこと
紀元は二千六百年
ああ 肇国(ちょうこく)の雲青し
荒(すさ)ぶ世界に ただ一つ
揺るがぬ御代に 生立ちし
感謝は清き 火と燃えて
紀元は二千六百年
ああ 報国の血は勇む
間奏
潮(うしお)豊けき 海原に
桜と富士の 影織りて
世紀の文化 また新(あらた)
紀元は二千六百年
ああ 燦爛(さんらん)のこの国威
正義凛たる 旗の下(もと)
明朗アジア うち建てん
力と意気を 示せ今
紀元は二千六百年
ああ 弥栄(いやさか)の日は上る
【解説】こんな歌を御存じの方は、私よりも遥かに年齢が上の方に間違いはない。子供の頃、我が家には「ネジ捲きの蓄音機」と数枚のSPレコードがあった。その中の1枚が「紀元二千六百年」である。「昭和15年が皇紀紀元2600年」とは、どのような歴史学者が唱えたのかは知らないが、正に狂気の時代の産物であろう。この「紀元二千六百年」には有名な替え歌があった。昭和42年6月に社会思想社から発行された「明治大正昭和世相史(加藤秀俊・加太こうじ・岩崎爾郎・後藤総一郎・著)」によれば、次のような替え歌である。「替え歌煙草値上げの歌」「金鵄あがって15銭 はえある光30銭 いまこそきたるこの値上げ 紀元は二千六百年 ああ一億の民は泣く」昭和18年1月17日、時の大蔵省は次のように発表した。「時局にかんがみ、増収率はあげてこれを戦費に充当することとし、併せて、一般購買力の吸収等に資するため、左の通り、値上げを実施することとせり」 そして「金鵄」が10本10銭から15銭に、「光」は10本18銭から30銭に値上げされた、とか。金やんロッテオリオンズが昭和49(1974)年、プレーオフで阪急ブレーブスを破ってパリーグを制し、巨人のV10を阻止した与那嶺中日ドラゴンズと日本一を争い、見事チャンピオンとなった。名古屋球場で行われた第1戦を、3塁側アルプススタンドで観戦したが、周りはすべて中日ファンばかり。この年、長嶋茂雄が引退。あれからもう31年の歳月が流れ、私はもう60歳を超えてしまった。半世紀にわたり毎日オリオンズ、大毎オリオンズ、東京オリオンズ、ロッテオリオンズ、千葉ロッテマリーンズを応援して来た私は、退職した2005年、31年ぶりに千葉ロッテがパリーグを制覇したことを、私に対する“はなむけ”として素直に喜びたい。
プレーオフ第2ステージに臨む千葉ロッテ戦士に捧げる心の応援歌「明日は博多か」
【MIDI 音源】 「明日はお発ちか」 昭和17(1942)年
替え歌「明日は博多か」
田口善敏 補作詞
明日はお発ちか お名残り惜しや ロッテ戦士の 晴れの旅
朝日を浴びて 出立つ君よ
弾む心で 送りたや
遠征カバンを しみじみとれば
胸にすがしい 今朝の風
幕張の街 湧きたつ雲よ
君を見送る 千葉マリン
時計みつめて 今頃あたり
博多に着いてか シーホーク
夜更かしせぬか 持病は出ぬか
あれさ夜空に 鷹が泣く
小唄勝太郎さんの「明日はお発ちか」元歌
佐伯孝夫 作詞
明日はお発ちか お名残り惜しや 大和男児の 晴れの旅
朝日を浴びて 出立つ君よ
拝む心で 送りたや
駒の手綱を しみじみとれば
胸にすがしい 今朝の風
お山も晴れて 湧きたつ雲よ
君を見送る 峠道
時計みつめて 今頃あたり
汽車を降りてか 船の中
船酔いせぬか 嵐は来ぬか
あれさ夜空に 夫婦星
【解説】2005年10月9日、プレーオフ第1ステージ対西武戦に連勝し、第2ステージに駒を進めました。渡辺俊、小林宏を前面に押し立て、繋ぐ打線、手堅い守備がレギュラーシーズンのように、力を発揮出来たことが勝因です。ボビーが最後に日本語でこう言いました。「皆さん、一緒に福岡に行きましょう」「明日は博多か」の元歌である小唄勝太郎さんの「明日はお発ちか」は昭和17年、私の生まれた年に流行った歌であるが、歌詞を御覧になればお判りのように、「出征兵士を送る歌」であり、これは軍国歌謡です。昭和15年が「紀元2600年」で、昭和16年に日本が真珠湾を攻撃し、大平洋戦争が始まります。たかが千葉ロッテのプレーオフ第2ステージ遠征に、このような替え歌を公開することが出来るのも、“平和であればこそ”と言えるでしょう。戦後リバイバル・ソングとして、三沢あけみさんが歌ってヒットしました。千葉ロッテの博多での定宿は天神にある「西鉄グランドホテル」であるが、パリーグ優勝を見越した千葉ロッテ球団は、ビールかけやインタビューに備えて、数台のテレビ中継車の駐車が可能な「シーホークホテル&リゾート」に変えた。「シーホークホテル&リゾート」は、福岡ヤフードームの隣にあるホテルですが、これは今ソフトバンクの持ち物なんですかね。「あれさ夜空に鷹が泣く」 さぁ、博多で3勝して、ソフトバンクにおもいっきり泣いてもらいましょう。そして、「君を見送る 千葉マリン」に帰って、阪神を叩き日本一になり、ボビーの姿をマリンの空に舞い挙がらせましょう。バレンタインこそが、日本プロ野球史上初の、外人胴揚げ監督に相応しい人物です。
プレーオフに臨む千葉ロッテに捧げる心の応援歌「プレーオフ劇場」
【MIDI 音源】 「人生劇場」 昭和13(1938)年
替え歌「プレーオフ劇場」
田口善敏 補作詞
やると思えば どこまでやるさ それがロッテの 魂じゃないか
負け越し西武に 負ければ闇だ
なまじとめるな マリンガン
あんなピッチャー 打てそにないが
なぜかバットが 自然に出たよ
投手心理は おいらでなけりゃ
解るものかと 初アーチ
時世(とき)よ 時節は変ろとままよ
マリンの選手は 男じゃないか
おれも生きたや 猛虎のように
打って投げ勝つ この世界
村田英雄さんの「人生劇場」元歌
佐藤惣之助 作詞
やると思えば どこまでやるさ それが男の 魂じゃないか
義理がすたれば この世は闇だ
なまじとめるな 夜の雨
あんな女に 未練はないが
なぜか涙が 流れてならぬ
男ごころは 男でなけりゃ
解るものかと 諦めた
時世(とき)よ 時節は変ろとままよ
吉良の仁吉は 男じゃないか
おれも生きたや 仁吉のように
義理と人情の この世界
【解説】パリーグのプレーオフ制度は、昨年から実施されているが、こんな理不尽な制度も珍しいのではないだろうか。136試合を戦って、トップの勝率を挙げたチームが日本シリーズの出場権を獲得するのではなく、1位、2位、3位のチームで改めて日本シリーズ出場権を争う。現に昨年は、2位の西武が1位のダイエーを倒して、日本シリーズに出場した。こんなおかしなことはあるまい。昨年起こった近鉄とオリックスの合併に賛成し、自ら運営困難な5球団となり、やがてパリーグを消滅させ、セリーグと合同して1リーグへの縮小再編を選んだ、パリーグ連盟の考えていることは理解し難い。西日本新聞「春秋」 http://www.nishinippon.co.jp/media/news/news-today/20051001/syunzyu.html とは言え、千葉ロッテは日本シリーズ出場権を賭けたプレーオフに出ることになる。しかし、第1ステージの西武戦は負ける訳にはいかない。西武のレギュラーシーズン勝率は5割りを切っている負け越しているチームだ。「負け越し西武に 負ければ闇だ」 そう思いませんか。第1ステージと第2ステージは中1日の移動日だけで、最大8試合。今季10勝投手6人を抱える千葉ロッテと言えども、先発ローテが難しいところだ。まず2勝するためには、渡辺俊、セラフィニ、小林宏の3本柱を中心にせざるをえない。9月から中継ぎに廻って3勝を挙げた小野は、そのまま中継ぎで行くとしても、打たれグセのある清水や久保はどこで投げさすのか。百戦錬磨のバレンタイン監督の手腕に期待したい。
千葉マリンスタジアムに捧げる心の応援歌「千葉マリン」
【MIDI 音源】 「古城」 昭和34(1959)年
替え歌「千葉マリン」
田口善敏 補作詞
汐風騒ぐ 幕張の マリンよ独り 何偲ぶ
栄華の夢を 胸に追い
ああ 仰げば騒ぐ スタジアム
混雑したる 正面に
賑わい誘う 弁当屋
子供の声の ここかしこ
ああ 王者となるか 千葉ロッテ
側壁青く 輝きて
マリンよ独り 何偲ぶ
たたずみおれば 身にしみて
ああ 日本一の 声高し
三橋美智也さんの「古城」元歌
高橋掬太郎 作詞
松風騒ぐ 丘の上 古城よ独り 何偲ぶ
栄華の夢を 胸に追い
ああ 仰げば侘し 天守閣
崩れしままの 石垣に
哀れを誘う 病葉や
矢弾のあとの ここかしこ
ああ 往古を語る 大手門
甍は青く 苔むして
古城よ独り 何偲ぶ
たたずみおれば 身にしみて
ああ 空行く雁の 声悲し
【解説】千葉マリンスタジアムは、1990年2月22日に竣工され、1991年5月25日に行われたヤクルト−中日戦がプロ野球公式戦初試合で、初安打はヤクルト古田の二塁打である。面白いことに、この試合で8回1/3を投げた内藤が勝利投手となったが、後年このギャオス内藤が千葉ロッテの一員として、千葉マリンのマウンドに立つことになるから、不思議な因縁と言えるだろう。記念すべきロッテオリオンズの千葉マリン初試合は、同じく1991年7月31日の対西武16回戦で、監督は金やんこと金田正一。小宮山と渡辺久が先発し、初ヒットは1回表、後年千葉ロッテに移籍することになる西武の平野がセンター前に放った。千葉ロッテの初ヒットは、後年中日に移籍した愛甲が3回、ライト前に放っている。現ヘッドコーチの西村徳文が3回千葉マリン初盗塁。残念ながら、3対2で勝利を飾ることは出来なかった。この日重光球団オーナー代行が、球団本拠地の千葉移転を公式に発表した。この年の11月、球団名を「千葉ロッテマリーンズ」と改め、八木沢荘六監督を迎えてスタートし、1992年度の公式戦から千葉ロッテマリーンズが本拠地として使用している。(写真は千葉マリンスタジアム正面。2005年8月撮影)
26番目の戦士歴50年、千葉ロッテに捧げる心の応援歌「千葉ロッテ26番目」
【MIDI 音源】 「港町十三番地」 昭和32(1957)年
替え歌「千葉ロッテ26番目」
田口善敏 補作詞
長いアウェイの 戦い終えて ロッテがマリンに 帰る夜
旅の苦労を グラスの酒に
みんな忘れる 幕張酒場
ああ千葉ロッテ 26番目
幕張メッセの 敷石道を
君と歩くも 久し振り
点るマリンに さそわれながら
国際通りを 右手にまがりゃ
ああ千葉ロッテ 26番目
開幕した日に 咲かせた花を
秋が来る頃 散らす風
涙こらえて 乾杯すれば
窓で泣いてる 幕張かもめ
ああ千葉ロッテ 26番目
美空ひばりさんの「港町十三番地」元歌
石本美由起 作詞
長い旅路の 航海終えて 船が港に 泊る夜
海の苦労を グラスの酒に
みんな忘れる マドロス酒場
ああ港町 十三番地
銀杏並木の 敷石道を
君と歩くも 久し振り
点るネオンに さそわれながら
波止場通りを 左にまがりゃ
ああ港町 十三番地
船が着く日に 咲かせた花を
船が出る夜 散らす風
涙こらえて 乾杯すれば
窓で泣いてる 三日月様よ
ああ港町 十三番地
【解説】千葉ロッテの背番号「26」は、26番目の選手という意味で、応援団の総称であり、そのユニフォームは、常に千葉ロッテのベンチ入りしている。お立ち台でのヒーローインタビュー時やライトスタンドに向かっての万歳シーンでも高々と掲げられる。送迎バスにも「26番目の戦士」と書かれている。千葉ロッテマリーンズの本拠地・千葉マリンは、海浜幕張駅から「国際通り」を真直ぐ海に向かって歩き、「幕張メッセ」を過ぎた右手にある。もちろん「26番目の戦士」と書かれた送迎バスもあり、交通の便もよい球場です。昨年は選手会のストにより、日本ハム戦2試合が中止となり、直接対決の場を失った千葉ロッテは日本ハムと0.5ゲーム差でAクラスを確保することが出来なかった。今年は昨年の悔しさを胸に、10年ぶりに2位となった。プレーオフ第1ステージで西武を倒し、第2ステージでソフトバンクを破って、日本シリーズ出場を果たしたいものです。今日からは最終カード・日本ハム2連戦。「港町十三番地」を「千葉ロッテ26番目」と読み替えてからは、簡単に補作できました。長い間Aクラスを確保することも出来ず、悔しい思いを続けて来た私は、3番の歌詞に万感胸に迫るものがあります。「窓で泣いてる幕張かもめ」の姿は見たくないね、ボビー。
千葉ロッテ一筋17年、弱い時代を支えてくれた初芝清が引退。
ありがとう、初芝。初芝に捧げる感謝の応援歌「まくはり はつしば」 【MIDI 音源】 「よこはま たそがれ」 昭和46(1971)年
替え歌「まくはり はつしば」
田口善敏 補作詞
まくはり はつしば マリンのベンチ スタメン 二塁打 歓喜のホーム
声援 口笛 右翼のコール
初芝は行って行ってしまった
初芝は行って行ってしまった
もう帰らない
ガラ空き スタンド 川崎球場
ゆきずり なりゆき 気まぐれチーム
あてない 球団 流れる選手
初芝は打って打ってしまった
初芝は打って打ってしまった
もう燃え尽きた
勝負だ 繋ぐぞ 連打のロッテ
送球 併殺 守りのロッテ
負けない 幕張 マリンのかもめ
あの人は残して行ってしまった
あの人は残して行ってしまった
もう勝つだけね
五木ひろしさんの「よこはま たそがれ」元歌
山口洋子 作詞
よこはま たそがれ ホテルの小部屋 くちづけ 残り香 煙草のけむり
ブルース 口笛 女の涙
あの人は行って行ってしまった
あの人は行って行ってしまった
もう帰らない
裏町 スナック 酔えないお酒
ゆきずり 嘘つき 気まぐれ男
あてない 恋唄 流しのギター
あの人は行って行ってしまった
あの人は行って行ってしまった
もうよその人
木枯らし 想い出 グレーのコート
あきらめ 水色 つめたい夜明け
海鳴り 灯台 一羽のかもめ
あの人は行って行ってしまった
あの人は行って行ってしまった
もうおしまいね
【解説】2005年9月22日、ゲーム差2で迎えた千葉マリンでの対ソフトバンク最終戦。千葉ロッテ一筋に生きて来た初芝清が引退を表明し、試合前に記者会見を行い、試合終了後に引退セレモニーが行われた。ナインに胴揚げされた後、観客席から滝のように投げ込まれた白いテープに向かって、泣きながら場内を一周した。弱い時代の千葉ロッテを支えてくれた強打三塁手の引退である。初芝よ、ありがとう。翌日のフルキャスト宮城での楽天戦では、9番サードでスタメン出場。守備では1回無死1塁、サード前の送りバントを2塁封殺。4回にはサードライナーをジャンピングキャッチする。打っても8回の第4打席1死1塁でライト前にヒットして1・2塁とし、1番西岡の追加点に貢献した。まだまだイケまっせ、初ちゃん!!!初芝清は1988年秋、二松学舎大付高から東芝府中を経てドラフト4位でロッテオリオンズに入団。この時の監督は有藤道世。川崎球場を本拠地としていた頃で、1年目から頭角を現し、有藤三塁手の後継者として活躍。1995年には打点王を獲得し、ベストナインにも選ばれた。弱い時代の千葉ロッテを支えてくれた、と言うのは、何しろ初芝が入団以来、1995年の第一次バレンタイン監督時代を除いて、Aクラスに入ったことはない。ホンマに弱い弱いチームでした。初芝よ、御苦労さんでした。対ソフトバンク4連勝をストップさせた清水直行投手を罵倒する怒鳴り節「負け姿 惨敗男」
【MIDI 音源】 「旅姿三人男」 昭和13(1938)年
替え歌「負け姿 惨敗男」
田口善敏 補作詞
清水直行 名物は 一発アーチと 打たれグセ
見たか聞いたか あの姿
清水直行 清水直行 また負ける
千葉のマリンの ため息が
溶けて流れる 右翼席
シュート磨けど また外れ
何で直行 何で直行 星を売る
腕と度胸は さらになく
四球からめば つい打たれ
見えぬ戦況 またアーチ
清水直行 清水直行 恥じさらし
ディック・ミネさんの「旅姿三人男」元歌
宮本旅人 作詞
清水港の名物は お茶の香りと 男伊達
見たか聞いたか あの啖呵
粋な小政の 粋な小政の 旅姿
富士の高嶺の 白雪が
溶けて流れる 真清水で
男磨いた 勇み肌
何で大政 何で大政 国を売る
腕と度胸じゃ 負けないが
人情からめば ついほろり
見えぬ片眼に 出る涙
森の石松 森の石松 よい男
【解説】2005年9月22日、ゲーム差2で迎えた千葉マリンでの対ソフトバンク最終戦。逆転で3連勝と好調な千葉ロッテであったが、清水が先発した最終戦は、3本のアーチを浴び、5回途中6失点で降板。容易に想定された内容であったものの、無性に腹立たしい清水の不甲斐なさである。その日の戦評に「清水の金銭トレード」や「ヤフオクでの競売」を提言した(ここ)。
この替え歌は「応援歌」でもなく、「恨み節」でもなく、正真正銘の「罵倒する怒鳴り節」です。このコーナーに載せるのもどうかとは思いますが、千葉ロッテファン歴50年の私が感じた正直な「清水直行論」です。バレンタイン監督に贈る心の応援歌「ボビーのみだれ髪」
【MIDI 音源】 「みだれ髪」 昭和62(1987)年
替え歌「ボビーのみだれ髪」
田口善敏 補作詞
守備のみだれに手も出せず 紅い風船風に舞う
辛や悲しやロッテの選手
投げて届かぬ想いの糸が
胸にからんで怒りを誘う
すてた試合のプロセスを
責める我が身の性かなし
辛や重たやわがことながら
街の中行く送迎バスの
屋根にのせたいこの悲しみを
美空ひばりさんの「みだれ髪」元歌
星野哲郎 作詞
髪のみだれに手をやれば 紅い蹴出が風に舞う
憎や恋しや塩屋の岬
投げて届かぬ想いの糸が
胸にからんで涙を絞る
すてたお方のしあわせを
祈るおんなの性かなし
辛や重たやわが恋ながら
沖の瀬を行く底曳き網の
船にのせたいこの片情け
【解説】この替え歌は、おそらくバレンタイン監督はそうではあるまいか、と勝手に想像しながら補作したもので、実際そうであるのかどうかは、ボビーに聞いてみなければ解らない。「おいおい、何ちゅう下手な守備、さらしとんや、アホ! オレがいつも言うとるやないか、雑なプレーすんなよ、ちゅうて・・・。球際に強いちゅうんは、そんなプレーやないで、アホンダラ。ちゃんと捕っててみい、ゲッツーでチェンジやないかい。また1点入ったやろ。見てみい、風船飛ばしも終わった終盤の8回やでぇ、ほんまにもう・・・。あ、あんなとこに赤い風船が飛んでるがな。あのアホ、何をさらしとんじゃ、エラーしたこと忘れて、風船で遊んでけつかる。気楽なヤツちゃなあ。8−0か、オレとこ、何本ヒット打ったんや。1、2、3、えぇ、たつた3本かい。相手は、12本。そら勝てんわなぁ。もう今日は負けじゃ、負けじゃ。あいつらとは、もう付き合いとうないな。何ンボ教えても覚える気ィがあらへん。ホンマに腹起つてきたわ。しゃーけど、監督談話、考えとかなアカンな。エラーについては・・・、ウーン、“今までも彼のファインプレーで勝利したことは何度もあった”ということにしとこ。先発と中継ぎが打たれたことは・・・、ウーン、“今日は不運な当たりが多かった”でどやろな。よっしゃ、こんなとこにしとこ」
「さぁ昨日の事は全部忘れて・・・、ちゅうても、そうはいかんで。何で先発のアイツは左バッター怖がるんやろなぁ。四球ばっかり出しくさって、ストライク欲しさに真ん中に投げ込んだら、長打や。そら大量点に繋がるわな。4回のあの満塁時に先発代えた方がよかったんかいな。けど5回までは投げさせてやりたいやんかぁ。中継ぎのアイツもそうや、いつもあんなことないねんけどなぁ。嫁はんとうまいこといってぇへんのか。けど、打ちよらんなぁ、ホンマに・・・。ノーアウト満塁でも点が入らんのやでぇ。ま、打てんのは仕方がないこともある。そやけど、走塁と守備にスランプはないやろ。頭、痛とうなってきたわ。そう言うたら、通訳が言うとったな、野村監督は先発を決めた時に相手打線を想定して、球種とかコーナーとかをシミュレーションする、ちゅうて・・・。ほんで試合をやって、試合後にまた、ゲームを再構築してみる、言うて・・・。頭の中で1試合につき2試合、やってみるわけか。監督ちゅうのは因果な商売やで、ホンマ。まぁ、グランド上の責任は監督であるワシが執らな、誰が執るんや。あぁ、交流戦の賞金で買ぅた送迎バスが走っとるわ。オレかて欲しいわな、オレのこの重たい気持ちをどこかに運んでくれるバスが・・・」以上が替え歌の意味です。お断りしておきますが、特定の投手及び野手を想定している訳ではありません。しかし、作詞家・星野哲郎の作詞力というか、創造力というか、凄い歌詞ですね。「沖の瀬を行く底曳き網の 船にのせたいこの片情け」 そこで私も頑張ってみました。どうです、私のパロディ力も凄いでしょう。男として一度はやってみたいのが、オーケストラの指揮者、軍艦の艦長、そして野球の監督だとか。そう言えば、星野仙一SDも言うてました。「オレは背広よりもユニフォームが似合う。どんなユニフォームでもな」と。「愚痴も言わずに激怒のボビー つくる笑顔がいじらしい」 もう一曲、出来そうやな。千葉ロッテに贈る心の応援歌「どんどん どんと行け 千葉ロッテ」
【MIDI 音源】 「隣組」 昭和16(1941)年
替え歌「どんどん どんと行け 千葉ロッテ」
田口善敏 補作詞
どんどん どんと行け 千葉ロッテ スタメン開ければ 猫の目だ
廻して頂戴 ベニーまで
打って押さえて また勝った
どんどん どんと行け 千葉ロッテ
あれこれサインだ 盗塁だ
スンヨプ打ったぞ 垣根越し
打って押さえて また勝った
どんどん どんと行け 千葉ロッテ
何点あろうと 取りに行け
こころは一つの マリンガン
打って押さえて また勝った
徳山環さんの「隣組」元歌
岡本一平 作詞
とんとん とんからりと 隣組 格子(こうし)を開ければ 顔なじみ
廻して頂戴 回覧板
知らせられたり 知らせたり
とんとん とんからりと 隣組
あれこれ面倒 味噌醤油
ご飯の炊き方 垣根越し
教えられたり 教えたり
とんとん とんからりと 隣組
何軒あろうと 一所帯(ひとじょたい)
こころは一つの 屋根の月
纏(まと)められたり 纏めたり
【解説】このところ数試合はトップバッターに巨漢ベニーを起用しているが、悪くない起用法だと思う。選球眼はいいし、小坂、西岡と比較するのは酷だが、そう鈍足ではない。初回に1番を打つだけで、後は打順は関係ない。最初ベニーの1番を知った時は、確かにおどろいたが、サブローだって4番に座ってからの方が成績がいいらしい。こういうスタメンは日本人監督では発想出来ないのではないか。ところで昨日(2005年9月13日、スカイマーク)のスンヨプのホームラン、凄かったね。ライナーで右翼の垣根を飛び越えて行きました。初めはライト前ヒットかと思いましたが、何の何の、低い弾道で一直線。やはりパワーのあるバッターなのですね、スンヨプは・・・。残り試合は12となりましたが、どんどん打って欲しいものです。堀もスカイマークでは4試合連続のホームランを打ちました。ベテラン健在なり。残り試合12、もう取りこぼしは許されません。「打って押さえてまた勝った」といきたいものです。どんどん どんと行け 千葉ロッテ!!!黒木知宏投手に贈る心の応援歌「名月千葉マリン」
【MIDI 音源】 「名月赤城山」 昭和14(1939)年
替え歌「名月千葉マリン」
田口善敏 補作詞
男黒木に 男が惚れて 意地が解け合う 千葉マリン
澄んだ夜空の まんまる月に
浮いたジョニーと 誰が言う
意地の筋金 度胸のよさも
いつか落目の 元エース
云われまいぞえ 栄華の果てと
悟るスパイク 散る涙
東海林太郎さんの「名月赤城山」元歌
矢島寵児 作詞
男ごころに 男が惚れて 意気が解け合う 赤城山
澄んだ夜空の まんまる月に
浮世横笛 誰が吹く
意地の筋金 度胸のよさも
いつか落目の 三度笠
云われまいぞえ やくざの果てと
悟る草鞋(わらじ)に 散る落葉
【解説】2005年9月11日、対西武18回戦(インボイス西武ドーム)、満塁アーチと2連続ソロを浴びた黒木は、降板を告げられベンチに戻るなり、グラブを叩き付け、怒りが納まらない模様であった。エースとしての責任感から肩を壊す程投げ続けた黒木のことを知ったバレンタイン監督は、復帰後「私がいれば、黒木をこんな身体にはしていない」と語ったという。私はこんな光景をテレビで観たことがある。9回の守りであった。連投が続く小林雅を休ませるために、急いで黒木がマウンドに行き、あわてて監督が呼び戻すというシーンだ。意気に感じる黒木ならではのパフォーマンスであろうが、無理をすることはチームプレーにはならない。昨年でも肩に違和感を感じて、降板を申し出たことがあったではないか。あれでいいのだ。おかわり君への配球に問題はなかったか、それを考えて欲しいのだ。1球目のやや高めのストレートに彼はピクリとも反応しなかった。イースタンで彼は黒木と対戦し、8打数4安打を打ち「ジョニーキラー」を自認していたというではないか。彼はストレートを狙っていたのではなかったのだ。そこへ打ち頃のカーブを投げた黒木。里崎の指示であろうが、首を横に触れ。お前らしくもない選択ではなかったか。弱い時代の千葉ロッテを小宮山と共に支えてくれたジョニーが、私は好きだ。頼むから生まれ変わった「新しいジョニー」を見せてくれ。黒木知宏投手に贈る心の応援歌「ジョニーの心情」
【MIDI 音源】 「男の純情」 昭和11(1936)年
替え歌「ジョニーの心情」
田口善敏 補作詞
男ジョニーの 心情は 燃えてかがやく 金の星
夜の都の インボイス
曇る涙を 誰が知ろ
その身二軍に 落ちたとて
訊いてくれるな この胸を
所詮男の ゆく道は
なんでお前が 知るものか
暗い夜空が 明けたなら
若いみどりの 朝風に
金もいらなきゃ 名もいらぬ
愛のマリンへ 帰ろうよ
藤山一郎さんの「男の純情」元歌
佐藤惣之助 作詞
男いのちの 純情は 燃えてかがやく 金の星
夜の都の 大空に
曇る涙を 誰が知ろ
影はやくざに やつれても
訊いてくれるな この胸を
所詮男の ゆく道は
なんで女が 知るものか
暗い夜空が 明けたなら
若いみどりの 朝風に
金もいらなきゃ 名もいらぬ
愛の古巣へ 帰ろうよ
【解説】2005年9月11日、対西武18回戦(インボイス西武ドーム)、復活の1勝を挙げたジョニーこと黒木は2回1死満塁、L中村(おかわり君)への2球目、不用意に投げたカーブを狙われ、満塁アーチ20号を浴び逆転された。続く3回にはカブレラ、和田にも連続ソロを浴びせられ、4回ヒットを打たれ途中降板。6失点すべてがホームラン。今季初勝利の前回登板とは、うって変わった乱調ぶり。千葉ロッテは、首位ソフトバンクを4ゲーム差で追い上げる終盤の大事な試合を、黒木の3発被弾で失った。復活にかける黒木の執念は痛い程解るが、結果が全ての勝負の世界。往年の力が無くなった時、どうしたら勝ち星を稼げるのか。その投球術を再度点検して欲しい。黒木に代わって二番手として登板した左腕加藤は、1安打ピッチング8奪三振で9回までの5イニングを投げ切り、先発失敗の汚名を回復した。長いイニングの中継ぎは、右の小野、左の加藤が確立した。来季に向けての構想が計算出来る加藤の好投であった。残念なことは、加藤に白星をプレゼントし、黒木の黒星を帳消しに出来なかったことだ。清水といい、黒木といい、どうして不用意な一発を喰らうのか、ボビーも頭が痛いだろう。以後登板機会がないことで、おそらく黒木は登録抹消だろう。黒木よ、本当の復活を我々の前に見せてくれ!!!ボビー・バレンタイン監督に贈る心の応援歌「ボビーの野球小僧」
【MIDI 音源】 「野球小僧」 昭和26(1951)年
替え歌「ボビーの野球小僧」
田口善敏 補作詞
バレンタインに 逢ったかい 男らしくて 純情で 燃えるあこがれ グランドで
じっと見てたよ 背番号
僕のようだね 君のよう オオ マイ・ボービー
ほがらかな ほがらかな バレンタイン
バレンタインが なぜくさる 泣くな野球の 神様も
たまにゃ三振 エラーもする
ゲームすてるな がんばろう
僕のようだね 君のよう オオ マイ・ボービー
ほがらかな ほがらかな バレンタイン
灰田勝彦さんの「野球小僧」元歌
佐伯孝夫 作詞
野球小僧に 逢ったかい 男らしくて 純情で 燃えるあこがれ グランドで
じっと見てたよ 背番号
僕のようだね 君のよう オオ マイ・ボーイ
ほがらかな ほがらかな 野球小僧
野球小僧が なぜくさる 泣くな野球の 神様も
たまにゃ三振 エラーもする
ゲームすてるな がんばろう
僕のようだね 君のよう オオ マイ・ボーイ
ほがらかな ほがらかな 野球小僧
【解説】昭和26年といえば、毎日オリオンズが創立して2年目の年であり、私は9才。おそらく泥んこになって草野球を楽しんでいた頃である。戦争に負けて6年、物のない貧しい時代ではあったが、前年に始まった朝鮮動乱のため、日本の景気は上向き始めたころである。1985年に35歳の若さでテキサス・レンジャーズの監督に就任したバレンタインは、当時まだ2歳。不思議といえば不思議だか、バレンタイン監督が生まれた時、千葉ロッテの前身・毎日オリオンズが誕生したのである。首位攻防戦に連敗する千葉ロッテに贈る恨み節「可笑しき小唄」
【MIDI 音源】 「お座敷小唄」 昭和39(1964)年
替え歌「可笑しき小唄」
田口善敏 補作詞
千葉のマリンの 選手でも ヤフードームの 選手でも
選手に変わりは ないじゃなし
勝つと負けでは 天と地よ
好きで好きで 大好きで
死ぬ程好きな ロッテでも
ソフトバンクにゃ 勝てやせぬ
泣いて涙の 知行浜
唄はさのさか どどいつか
唄の文句じゃ ないけれど
お金も着物も いらないわ
ロッテひとつが 勝てばいい
松尾和子とマヒナスターズさんの「お座敷小唄」元歌
作詞者 不詳
富士の高嶺に 降る雪も 京都先斗町に 降る雪も
雪に変わりは ないじゃなし
とけて流れりゃ 皆同じ
好きで好きで 大好きで
死ぬ程好きな お方でも
妻と言う字にゃ 勝てやせぬ
泣いて別れた 河原町
唄はさのさか どどいつか
唄の文句じゃ ないけれど
お金も着物も いらないわ
貴方ひとりが 欲しいのよ
【解説】2005年8月30-31日の対ソフトバンクとの首位攻防戦(ヤフードーム)は、千葉ロッテが2連敗し、ソフトバンクのリーグ優勝マジック15を点灯させてしまった。30日はルーキー久保が新人賞への関門・2ケタ勝利を目指して先発するも、7回途中で5失点。終盤に逆転はするものの、中継ぎ陣が打たれ、サヨナラ負け。翌31日は清水先発ですから、これはもう、負けは想定内です。千葉ロッテぐらいではないでしょうか、先発ローテの谷間にエースが投げている球団は・・・(笑)。「替え歌」の歌詞にある「知行浜」と言う地名は、ヤフードームがある地域です。「雪に変わりは ないじゃなし」の解説は、こちらをどうぞ。「じゃない」 http://gabacho.reto.jp/whims/whim0109.html ジョニーの復活を祝う心の応援歌「勝ち姿 雄叫び男」
【MIDI 音源】 「旅姿三人男」 昭和13(1938)年
替え歌「勝ち姿 雄叫び男」
田口善敏 補作詞
千葉のマリンの名物は 磯の香りと 男伊達
見たか聞いたか あの啖呵
ジョニー黒木の ジョニー黒木の 勝ち姿
ディック・ミネさんの「旅姿三人男」元歌
宮本旅人 作詞
清水港の名物は お茶の香りと 男伊達
見たか聞いたか あの啖呵
粋な小政の 粋な小政の 旅姿
【解説】2005年8月28日、対オリックス戦(千葉マリン)に今季初先発したジョニーこと黒木は、6回2/3を投げ、打者29人に対し、投球数89、被安打7、奪三振3、与四死球3、失点・自責点0で今季初勝利を挙げた。実に1年ぶりの勝ち星である。毎回ランナーを背負う苦しいピッチングではあったが、野手陣の好守備、オリックスの拙攻、今季最高の観客28,918人の応援団に助けられ、無失点で試合を作り、復活の狼煙を挙げた。1995年度ドラフト2位で入団し、プロ11年目。昨年までの成績は、故障のため登録が抹消された2002、2003年を除き、通算74勝67敗3SP、通算防御率3.41。黒木知宏31歳、まだまだ進化する若きエースの復活です。「ペナント道中 幕張の巻」
【MIDI 音源】 「花笠道中」 昭和33(1958)年
替え歌「ペナント道中 幕張の巻」
田口善敏 補作詞
これこれロッテの ボビーさん 上へ行くのは いつのこと
だまっていては わからない
ソフトバンクが 雲の上
何やらさみしい ペナントは
苦しボビーの こころの中は
雲におききと 言うのかえ
美空ひばりさんの「花笠道中」元歌
米山正夫 作詞
これこれ石の 地蔵さん 西へ行くのは こっちかえ
だまっていては わからない
ぽっかり浮かんだ 白い雲
何やらさみしい 旅の空
いとし殿御の こころの中は
雲におききと 言うのかえ
【解説】2005年8月10日、対日ハム戦(千葉マリン)に完敗し、首位ソフトバンクとのゲーム差は6。ソフトバンクとは勢いが違います。例えプレーオフに出場しても、今のチーム状態ではまず蝙蝠オリに負けるでしようし、ましてソフトバンクに勝てる状況にはありません。コバマサ乱調嘆き節「別れの防波堤」
【MIDI 音源】 「別れの一本杉」 昭和30(1955)年
替え歌「別れの防波堤」
田口善敏 補作詞
負けた 負けた 押さえきれずに 負けたっけ
コバマサ打たれた 哀しさに
先発投手も 泣いていた
三本だけの ヒット打たれてヨ
千葉マリン
春日八郎さんの「別れの一本杉」元歌
高野公男 作詞
泣けた 泣けた 堪えきれずに 泣けたっけ
あの娘(こ)と別れた 哀しさに
山のかけすも 啼いていた
一本杉の 石の地蔵さんのヨ
村はずれ
【解説】2005年8月9日、世界を股に架けた大クローザー・ハマの大魔人がついに引退を決意し、ふるさと・フルキャスト宮城でG清原と最後の勝負に挑んだ。同じ日の千葉マリンでは、幕張の防波堤・小林雅(コバマサ)が9回、2本の二塁打と単打で追いつかれ、先発好投した小林宏(コバヒロ)の勝ち星を消滅させた。この日は先発コバヒロに勝ち星が付かなかっただけではなく、延長戦に入っての拙攻が響き、ついに負け試合となってしまった。オールスター前の最終戦(札幌ドーム)では2試合続けて押さえに失敗し、好投したセラフィニ、小林宏の勝ち星を横取りする形になったことは記憶に新しい。
心の応援歌「我は海の子・千葉ロッテ」
【MIDI 音源】 「我は海の子」 小学唱歌
替え歌「我は海の子・千葉ロッテ」
田口善敏 補作詞
我は海の子 千葉ロッテ 騒ぐ外野の右翼席
風船たなびく ライトこそ
我が懐かしき 千葉マリン
小学唱歌「我は海の子」元歌
宮原晃一郎 作詞
我は海の子 白浪の さわぐ磯辺の松原に
煙りたなびく 苫家こそ
我が懐かしき 住処なれ
【解説】2005年7月31日ソフトバンク戦(福岡ヤフー)、8月2日楽天戦(千葉マリン)、8月3日楽天戦(同)、いずれも2ケタ安打の2ケタ得点で3連勝。千葉ロッテの3試合連続2ケタ得点は昭和54(1979)年8月12日−14日以来、26年ぶりの記録とか。サンスポWEB版は26年前のロッテオリオンズのオーダーを記録している。1974(昭和49)年、金やんロッテが中日を破り日本一になってから5年が過ぎた8月のオーダーは、1番センター弘田、2番ライト得津、3番サード有藤、4番DHリー、5番ファースト・レオン、6番レフト白、7番キャッチャー土肥、8番セカンド井上、9番ショート水上。どうです、懐かしい顔ぶれでしょう。替え歌「我は海の子・千葉マリン」に解説は必要ありません。
大量得点勝利の応援歌「夕焼けかもめ」
【MIDI 音源】 「夕焼けとんび」 昭和33(1958)年
替え歌「夕焼けかもめ」
田口善敏 補作詞
ニッカン・スコァが 真っ赤っか かもめがぐるりと 輪をかいた ホーイーノホイ
そこからマリンが 見えるかい
見えたらここまで 降りて来な
ボビーを祝って 早ッコヨ ホーイホイ
三橋美智也さんの「夕焼けとんび」
矢野亮 作詞
夕焼け空が 真っ赤っか とんびがぐるりと 輪をかいた ホーイーノホイ
そこから東京が 見えるかい
見えたらここまで 降りて来な
火傷をせぬうち 早ッコヨ ホーイホイ
【解説】前カード・ソフトバンク戦に続き、3試合連続2ケタ安打、2ケタ得点を記録した2005年8月3日(水)の対楽天戦(千葉マリン)。「真っ赤っか」というフレーズから「ニッカン・スコァ」を連想して出来上がった替え歌。「ニッカン・スコァ」とは日刊スポーツ新聞のWEB版に載せられている「毎回打者の打撃記録、投球記録」のページ。ヒットは赤い板で表示してあり、安打が多ければ、それこそ「真っ赤っか」になる。「とんび」でもいいのだけれど、千葉ロッテのシンボルはマリーンズに因んで「かもめ」である。私はスーツの襟に社章ではなく、「かもめ」が描かれた千葉ロッテのバッチを永年つけていた。
福岡ヤフードームでの大差勝利の祝い歌「ボビーさん」
【MIDI 音源】 「お富さん」 昭和29(1954)
替え歌「ボビーさん」
田口善敏 補作詞
意地の白星 博多のドームで 猛打爆発 倍返し 死んだはずだよ ボビーさん
生きていたとは お釈迦様でも
知らぬ仏の 千葉ロッテ ええっさおー サブマリン
春日八郎さんの「お富さん」元歌
山崎正 作詞
粋な黒塀 見越の松に 仇な姿の 洗い髪 死んだ筈だよ お富さん
生きていたとは お釈迦様でも
知らぬ仏の お富さん ええっさおー 玄治店
【解説】2005年7月31日(日)、対ソフトバンク戦(福岡ヤフー)に大差で勝利した。この時補作した「お富さん」こそが「勝利の替え歌応援歌」の記念すべき第一号である。前日の試合に6対0と手も足もでない負け方をした。その日の戦評にこう書いた。「ボビーも死んだふりをしているのだろうか???」 それが12対2と大勝し、「死んだはずだよ ボビーさん」のフレーズが浮かび、「お富さん」の替え歌応援歌が出来上がった。正に「意地の白星」ですよね。「倍返し」とは前日に6点を取られたが、この日は12点を奪ったことである。「ええっさおー」と来て、さて、どうする。ここはもう、これしかないでしょう。「サブマリン」はこの日2失点完投勝利の渡辺俊である。このところ打線の不調で意気の挙がらない千葉ロッテだが、この日は交流戦当時の強い強い繋ぐ野球が久し振りに出た。
先発加藤で敗戦 心の嘆き節「傷だらけの左右」
【MIDI 音源】 「傷だらけの人生」 昭和45(1970)年
替え歌「傷だらけの左右」
田口善敏 補作詞
古いオリオンズファンだとお思いでしょうが、古い奴こそ新しいものを欲しがるもんでございます。どこに新しいものがございましょう。先発の加藤は荒れ放題、千葉のロッテは、右の今江も左の加藤も真暗闇じゃござんせんか。何から何まで 真暗闇よ すじの通らぬことばかり 右の今江も 左の加藤 凡打四球の からみあい
どこにロッテの夢がある
鶴田浩二さんの「傷だらけの人生」元歌
藤田まさと 作詞
古い奴だとお思いでしょうが、古い奴こそ新しいものを欲しがるもんでございます。どこに新しいものがございましょう。生まれた土地は荒れ放題、今の世の中、右も左も真暗闇じゃござんせんか。何から何まで 真暗闇よ すじの通らぬことばかり 右を向いても 左を見ても ばかと阿呆の からみあい
どこに男の夢がある
【解説】2005年7月27日(土)、対西武戦(富山・千葉ロッテ主催)で、今季2勝しイースタンで完全試合を達成した左腕・加藤が久しぶりに先発したが、2回2死2塁から連続四球で満塁とされ、2ベースを打たれて自滅。一方、右打ちの今江、無死満塁に併殺打。右の今江も左の加藤も真っ暗やみじゃござんせんか。
京葉幕張拙攻貧打線 心の嘆き節「貧打の流れに」
【MIDI 音源】 「星の流れに」 昭和22(1947)年
替え歌「貧打の流れに」
田口善敏 補作詞
星の流れに 身を占って 何処で出るのか マリンガン
荒(すさ)む心で いるのじゃないが
泣けて涙も 涸れ果てた こんなロッテに誰がした
菊池章子さんの「星の流れに」元歌
清水みのる 作詞
星の流れに 身を占って 何処をねぐらの 今日の宿
荒(すさ)む心で いるのじゃないが
泣けて涙も 涸れ果てた こんな女に誰がした
【解説】バレンタイン監督は80通り以上のスタメン案を考えているらしいが、前日に3安打したからといって、今日のスタメンが保証されている訳ではない。固定した選手で戦うのがいいか、日替わりのオーダーで戦うのがいいか、それは監督の専権事項であろうし、チーム事情にもよる。バレンタイン監督は選手のモチベーションを高めることと、大リーグ方式の休養日を上手く使いながら猫の目打線を採用している。この試合ではベニーを欠き、代わったパスクチはあろうことか6タコ。おまけに最下位の楽天を相手に、リードしての継投策がハズレ、中継ぎの薮田が打たれ延長戦に突入し、得点するものの小林雅までが打たれて12回引き分ければ、「こんなロッテに誰がした」とボヤキたくもなるだろう。選手はもっと自覚するべきだ。
バレンタイン監督を慰める心の応援歌「人生の千葉マリン」
【MIDI 音源】 「人生の並木道」 昭和12(1937)年
替え歌「人生の千葉マリン」
田口善敏 補作詞
泣くなボビーよ ボビーよ泣くな 泣けば千葉まで ひとり来て
メジャーを捨てた 甲斐がない
ディック・ミネさんの「人生の並木道」元歌
佐藤惣之助 作詞
泣くな妹よ 妹よ泣くな 泣けば幼い 二人して
故郷を捨てた 甲斐がない
【解説】バレンタイン監督だって負ければ悔しいだろうし、泣きたくなることだってあるだろう。泣くなボビーよ、ボビーよ泣くな!!! お前の後には「背番号26」が着いている。
ジョニー黒木を慰める心の応援歌「ジョニーの子守唄」
【MIDI 音源】 「赤城の子守唄」 昭和9(1934)年
替え歌「ジョニーの子守唄」
田口善敏 補作詞
泣くなよしよし ジョニー黒木 浦和雀が 啼いたとて
泣いちゃいけない ジョニー黒木
泣けば雀が またさわぐ
東海林太郎さんの「赤城の子守唄」元歌
佐藤惣之助 作詞
泣くなよしよし ねんねしな 山の鴉が 啼いたとて
泣いちゃいけない ねんねしな
泣けば鴉が またさわぐ
【解説】2005年の千葉ロッテは、先発ローテ投手陣は清水、渡辺俊、小林宏、小野、セラフィニ、ルーキー久保、と6名がいてそれぞれ勝ち星を重ねている。左腕・加藤は2勝をしたものの、昔の悪いクセは治っていないので二軍調整中。またルーキー手嶌は一度先発したものの、負け投手となり、二軍落ち。こんな豊富な先発投手陣を擁する千葉ロッテに、今のところジョニー復帰の噂すらない。しかし、千葉マリンのマウンドに黒木の雄叫びを聞きたい。
バレンタイン監督を慰める心の応援歌「泣くなボビーよ」
【MIDI 音源】 「啼くな小鳩よ」 昭和22(1947)年
替え歌「泣くなボビーよ」
田口善敏 補作詞
泣くな ボビーよ 心のロッテ なまじ泣かれりゃ 未練がからむ
たとえ負けても 互いの胸に
抱いていようよ 千葉ロッテ
岡晴夫さんの「啼くな小鳩よ」元歌
高橋鞠太郎 作詞
啼くな 小鳩よ 心の妻よ なまじ啼かれりゃ 未練がからむ
たとえ別りょうと 互いの胸に
抱いていようよ おもかげを
【解説】バレンタイン監督は、たとえ負けたとしても、選手を非難することはない。1981年、「ベンチがアホやから野球はでけへん」と言って引退した江本孟紀(東映-南海-阪神)は言う。「外人の監督さんは、失敗しても決して悪く言わない。5ッの内4ッまではよかった。あと1ッに問題があった、と言う」らしい。しかし、ボビーだって人間です。負けて自宅に帰れば、思い出して腹のたつこともあるだろう。ボビーが千葉マリンの監督室で最近、紙袋に入った猫を蹴飛ばしている、との噂は聞きませんか? あ、あれは山寺のお話でしたね。
ボビーとスンヨプを慰める心の応援歌「異国の丘 ボビー編」「異国の丘 スンヨプ編」
【MIDI 音源】 「異国の丘」 昭和23(1948)年
替え歌「異国の丘 ボビー編」
田口善敏 補作詞
今日も暮れ行く 異国の丘に ボビーよ辛かろ 切なかろ
我慢だ待ってろ 5月が過ぎりゃ
スンヨプ復帰だ 強打線
竹山逸郎さんの「異国の丘」元歌
増田幸治 作詞、佐伯孝夫 補作詞
今日も暮れゆく 異国の丘に 友よ辛かろ 切なかろ
我慢だ待ってろ 嵐が過ぎりゃ
帰る日もある 春がくる
替え歌「異国の丘 スンヨプ編」
田口善敏 補作詞
今日も更け行く 異国の丘に スンヨプ辛かろ 切なかろ
泣いて笑って 二軍で耐えりゃ
望む日が来る ホームラン
竹山逸郎さんの「異国の丘」元歌
増田幸治 作詞、佐伯孝夫 補作詞
今日も更けゆく 異国の丘に 夢も寒かろ 冷たかろ
泣いて笑って 歌って耐えりゃ
望む日がくる 朝がくる
【解説】2004年5月15日(土)、千葉マリンでの対ダイエー第8回戦、鳴り物入りで入団したアジアの大砲・李スンヨプは二軍で調整中であった。この日、21対0で大差完封負けで2度目の6連敗を記録し、借金は11と膨らんだ。試合終了後、バレンタイン監督、コーチ、選手は、内外野のファンに対し「屈辱的大敗」を、頭を下げて謝罪した。バレンタイン監督とスンヨプを慰める心の応援歌2曲を補作している。この年の7月17日(土)、千葉マリンの対日本ハム第19回戦に8対6で破れたことに腹を立て、スコアボードの掲載を急遽中止した。
小宮山悟投手の復帰を祝う心の応援歌「昔の名前で出ています」
【MIDI 音源】 「昔の名前で出ています」 昭和52(1977)年
替え歌「昔の名前で出ています」
田口善敏 補作詞
メッツにいるときゃ コミーと呼ばれたの ハマじゃ悟と 名乗ったが
千葉のマリンに 戻ったその日から
おまえがさがして くれるの待つよ
昔の名前で 出ているぜ
小林旭さんの「昔の名前で出ています」元歌
星野哲郎 作詞
京都にいるときゃ 忍と呼ばれたの 神戸じゃ渚と 名乗ったの
横浜の酒場に 戻ったその日から
あなたがさがして くれるの待つわ
昔の名前で 出ています
【解説】投げるソクラテスの異名を持つ小宮山悟投手は、1989年ドラフト1位でロッテ・オリオンズに入団。千葉ロッテが最も弱い時代を支えた投手のひとりである。1999年オフに自由契約となり横浜に移籍(2年間在籍)。FA宣言した小宮山を自由契約としたのは、小宮山の移籍が容易にできるようにとの、球団側の配慮と聞いている。その後FAでバレンタイン監督のいたニューヨーク・メッツ(2002年在籍)に移籍し、2003年は浪人。2003年オフに再び千葉ロッテに復帰した。2004年の成績は18試合に登板し、3勝4敗、防御率5.22。プロ16年、2005年には40歳を迎えるパリーグ最年長投手。新球「シェイク」を修得する等、探究心旺盛。観戦した札幌ドームで「シェイク」を披露してくれました。将来は千葉ロッテの指導者としての期待が大である。
オリオンズと共に50年、千葉ロッテに贈る心の応援歌「燦めくオリオンズ」
【MIDI 音源】 「燦めく星座」 昭和15(1940)年
替え歌「燦めくオリオンズ」
田口善敏 補作詞
男純情の 愛のオリオンズ 冴えて夜空に ただ一つ
あふれる想い
春を呼んでは 夢見ては
うれしく輝くよ
思い込んだら命がけ
男のこころ
燃える希望だ憧れだ
燦めく千葉ロッテ
灰田勝彦さんの「煌めく星座」元歌
佐伯孝夫 作詞
男純情の 愛の星の色 冴えて夜空に ただ一つ
あふれる想い
春を呼んでは 夢見ては
うれしく輝くよ
思い込んだら命がけ
男のこころ
燃える希望だ憧れだ
燦めく金の星
【解説】私は小学校高学年の頃より「毎日オリオンズ」を応援していた。当時住んでいた福岡県の片田舎で「別当薫さんのサイン入りバット」と「荒巻惇さんのサイン入りボール」を見せてもらったことが直接の動機である。以来「毎日オリオンズ」から「大毎オリオンズ」「東京オリオンズ」「ロッテオリオンズ」「千葉ロッテマリーンズ」と球団名は変わっても、ずっと応援している。もう50年近くも、時には強い、負けても憎めない、この弱いチームを応援し続けて来た。この替え歌「燦めくオリオンズ」は、果たして替え歌と言えるのか。歌詞の一部を変えるだけで、私の心情を見事に歌いあげた歌詞である。